花を手向けるということ。


「紡、今日はこの花を届けてきてちょうだい」
「はい、お母様」

 朝早くに襖越しに母の声と、花が廊下の床に置かれる音がした。
 昨日の今日で楢島さんと顔を合わせるのは若干気まずい。……なんて甘えたこと言えるわけないんだけれど。

 母の足音が次第に遠くなっていくのを確認すると、小さくため息をつき、襖を開けて花束を拾い上げた。


 それは、柔らかな桜色と純白の二色が綺麗な百合の花束だ。その、独特の奥深くて甘い香りが春の海風に乗って広がっていく。
 春にしては少し気温の高い、そんな日だった。

 楢島さんと顔を合わせるのが気まずく、無駄な抵抗だと思いつつも、少し遠くのバス停から時間をかけて歩いて行くことにした。

 砂浜付近の階段に腰掛け、太陽が反射してキラキラと輝く水面を遠目から眺める。

 このままゆっくりと昼寝でもしたいな。なんて呑気なことを考えていると……

 聞き慣れた着信音が鳴り響いた。
 慌ててスマホを取り出して画面を確認するも、電話はかかってきていないようで、思わず小さく首を傾げる。

 それでも音は鳴り止まず、ふと音の鳴るほうへ視線を向けると、一段上にスマホが置かれていて、どうやら着信音はそこから聞こえてきていたようだった。

 ……忘れもの、かな。電話かかってきてるけど、変に触らないほうがいいかな……