数分も経つのに、いまだ楪は戻らない。月伽が思うよりこの池の水深は、夜の底より深いのかもしれない。しかし待つのは苦ではないし、これから目の当たりにする幻想を思えば刹那に過ぎないのだ。



 水面が揺蕩う。次第にそれは大きな波紋を描き中から現れたのは、夜を纏ったかのような男。外套は蝶の羽のように優雅で美しく――すべて、この世から外れた泡沫の美しさ。



 それが余計に、この男を神秘的に映すのかもしれなかった。



「これはこれは珍しい。――失礼、楪がわざわざ自ら私を呼びに来るなど、都市伝説的にありえないものですから。私はローエン。《金色の蝶》とあなた方が呼ぶ者です」




 すべての出会いは泡沫だ。


 それでも、どうしようもなく惹かれてしまうのは人の性(さが)かもしれない。



 月伽は高鳴る鼓動の奥に、この瞬間、はじめて楽園を垣間見たような気がした。