再会したあの夏の夜から1年。

私たちは、遊覧船から、再会した崖を見上げている。

「あんなところから飛ぶなんて、もう考えてないよな?」

周りから見えぬよう、そっと手を繋いだまま、吉岡くんが小声で尋ねる。

「うん。とても無理…」

今の私は、吉岡くんのいとこ夫婦が営むパン屋で働かせてもらっている。

「仕事、頑張ってるね。いとこが言ってたよ。佐藤さんが来てくれて本当に助かってるって」

「うん。最初は出来ないことだらけだったけど、今は毎日が楽しくて。早く一人前のパン職人になりたいと思ってる。吉岡くんにもオーナーにも、本当に感謝してるよ」

25年の時を経て、本当の初戀を知った二人。

互いの孤独を癒やし合うよう、私たちはささやかに暮らしている。

過去は変えられないが、今は心から生きていると感じられる日々。

夢のために戀を捨てた私は、夢のために絶望し、捨てた戀に救われた。

私たちの行き着く先など、誰にもわかるはずもない。

しかし、繋がれたこの手を、もう二度と離したくないと思う。

考えたくもないが、もし、いつか彼が私から離れてしまう時が来るまでは…。

切なくそう思った時、ギュッと手を握りしめられ、ふと彼を見上げた。

優しく見つめ返された瞳は、遠い日の少年のように、まっすぐ私だけを映していた…。


FIN