男の子が慌てて両手で押さえたそれは、耳だった。それも人間のじゃなく、動物のだ。白い毛が生えた三角の耳は犬のものに見える。


「それ、み、耳っ……本物?」

「悪いが、時間がない! コレはもらってく!」

「あっ、それはっーー」


 ダメ、と言う間もなく、男の子はヘアピンを奪い去って行った。その後ろ姿には、ボリュームのある白い尻尾が揺れている。

 理解が追いつかないまま、とにかく男の子を追いかけた。ヘアピンは渡すわけにはいかない。それだけはダメだ。

 男の子はあっという間に階段を上っていく。すぐに息を切らす自分の体力のなさを恨みたくなる。


「ま、待って……」


 屋上に出る扉は施錠(せじょう)されていたはずーーしかし、男の子の手元に見える鍵は壊れていた。男の子は私の方を一瞥(いちべつ)し、軽く手を振って外へ出る。


 慌てて追って、目を疑った。


 男の子は、屋上のフェンスの向こう側にいた。


「あっ、あぶない!」


 気づくと駆け出していた。フェンスを飛び越え、必死に男の子にしがみつく。


「うわっ、おい、あぶなっ!」


 そのとき、どさくさに紛れて男の子の手からヘアピンを取り上げた。つかの間の安心。


 ーー次の瞬間、私たちの体は(ちゅう)に投げ出されていた。