婚約破棄されたので、好きにすることにした。

 個室に案内され、部屋で待っていた案内人は、クロエも知っている男だった。
「あなたは……」
 それはスラムの教会で子どもたちを保護していた、トリッドという大柄な男だった。
 黒い髪に褐色の肌をしている彼は移民である。
 けれどクロエは、スラムにいる彼のところに、あの貴族の女性が訪れた場面に遭遇している。
 だから、それほど驚きはなかった。
 貴族の女性と繋がっているのなら、ギルドに依頼などしなくとも、回復薬くらい手に入ったと思われる。
(あのスラムに行く特別依頼そのものが、私たちを観察するために用意されたものだった?)
 思い出してみれば、たしかに違和感はあった。
 エーリヒも、以前はもっと殺伐としていたと言っていた。
 彼も断れなかったのかもしれないが、それでも騙されたような気持ちになってしまう。
「エーリヒのところに案内してください」
 だからクロエは、彼が何か言うよりも先にそれだけを言い、あとは沈黙した。
「わかった。裏に馬車を待たせている」
 そんなクロエの様子に、トリッドも余計なことは口にせず、立ち上がった。
 ふたりはギルドの裏口から出て、馬車に乗り込む。