婚約破棄されたので、好きにすることにした。

 家に戻ったクロエは、気分を変えたくて、お気に入りの紅茶を淹れる。
 エーリヒにも差し出してから、ソファに座ってぽつりと呟く。
「何か、変な感じだわ」
 そう呟くと、エーリヒも同意して頷いた。
「一度、依頼でスラムに行ったことがある。そのときは、もっと殺伐としていた」
 考えられるとしたら、姿を隠さなかったことかもしれないと、エーリヒは語る。
「俺は見た目だけなら、貴族に見えるからね。この国には、貴族に逆らう者はいない」
 スラム街に住み、他人を襲うことに慣れたような者でも、貴族には近寄らない。
 報復が恐ろしいからだ。
 貴族を怒らせたら、スラムなど簡単に焼き払われる。
「無関係な人たちがどれほどたくさん住んでいようが、この国の人間ではない移民やスラムに住んでいるような者は、どう扱っても構わない。この国の貴族は皆、そう思っているだろう」
「そんな……」
 父親に支配されていたとはいえ、クロエもまた、この国の貴族だったのだ。
(私も、そんなふうに思っていたのかな……)
 前世の記憶が蘇る前のことを思い出そうとしてみても、記憶はひどく曖昧だった。
「クロエ、大丈夫か?」