「で、なに」
……、今なら。
今なら、まだ戻れる。
やっぱりなんでもない、って。
怒られるだろうけど、それさえ我慢すれば……
このまま、なにも、何も変わらないまま──
そこまで考えたところで。
もう既にそういうわけにはいかないのだと。
確実に、何かが変わり始めているのだと。
わたしは右手のベッドサイドからそれを取り出した。
にぎり拳を、わたしたちの中間の。
東雲さんにも見えるサイドテーブルに叩きつける。
「怒ってんの」
「怒ってない。緊張、…してる」
それと不安もちょこっと。
だけど東雲さんのこと信じてるから。
……本音を言うと、これ以上、隠せそうになかった。
深呼吸をして、かすかに震える拳をゆっくり解いた。
「……れん。お前、それ」
あの東雲さんが言葉を失っている。
その視線の先にあるのは、彼もテレビやネットで何度も見たことがあるはずの、アルミで包装された白い錠剤の束。
「ごめんなさい。ずっと黙ってて、嘘ついてごめんなさい。わたし、ベータじゃない。わたし、…オメガなの」