「そうですか……あの、本当に大丈夫なのでしょうか。疑っているわけではないんですが、なにぶん初めてなもので……」

「ご不安のようですな」

 老婆のじっとりとした目つきが、兵頭を射る。

 底なし沼に引きずりこまれるような嫌な沈黙に、男の額は汗ばんだ。
 得体の知れないカルト組織……思い詰めていたとはいえ、自分は騙されているのではないか。そんな不安が顔に表れてしまう。

 老婆がフッと薄く笑い、張っていた空気がわずかに揺らいだ。

「我らの神は信者の誠意を裏切りはしません。すぐに、吉報がもたらされると思いますよ」

 そのとき、兵頭のズボンの後ろポケットに入っているスマートフォンが振動した。
 彼はすぐにそれを取り出して、耳に当てる。

『おい兵頭、ニュース見たか? おまえと五輪出場を争っていたライバル選手、いただろ? さっきそいつの飼い犬が突然暴れ出して、よりによって足に噛みついたって。命に別状はないが、出場資格に関わる次の大会への出場は絶望的だってさ。相手は気の毒だが……これでおまえが代表に選ばれるのは、ほぼ確実になったな!』

 それを聞いて、静かに通話を切り、スマートフォンをしまう。

 男の口角が、上がった。