「悩みなんてないよ」
「そんなわけないでしょ」と僕がそう返すと、菜央(なお)は寂しそうに微笑んだ。

 海辺の小さな街に住んでいる僕たちは、いつも行くところなんてない。
 今日も2両編成の列車を降りて、相当昔に無人になってしまった湿った空気の木造の古い駅舎を通り抜け、廃墟になった小さな商店街を歩いている。
 小学校から、高校3年生まで僕と菜央はずっと一緒だったけど、付き合い始めたのは去年の夏からだった。来年の夏頃にはきっと別な街で暮らしているはずだから、ずいぶんと無駄にいい季節を菜央と過ごさなかった。

「登校日なんて、なんで無駄なことさせられるんだろう」
「無駄のおかげで久々に菜央と会うことができたから、俺はそれだけで十分だよ」
 夏休みに入ってから、お互いにすれ違い会うことができていなかった。