「ごめんな、佐倉。それに藤崎ちゃんも。本当に助かったよ、ありがとう」

二人を見送りに病室を出た野中が、改めて頭を下げる。

「いえ、そんな。とにかく彩乃さんと赤ちゃんが無事で良かったです」

恵真がそう言うと、野中はポツリと言葉を漏らす。

「彩乃は、やっぱり無理してるんじゃないだろうか」

え?と恵真は小さく聞き返した。

「彩乃は、母親を小さい頃に亡くしてる。妊娠して、一番相談したい相手がもうこの世にいないんだ。それがどれだけ心細いか…。出産も、自宅に近いこの病院ですると言って。それなのに俺は、肝心な時についていてやれなかった。一人で救急車で運ばれるなんて、どんなに不安だったか…」

そう言うと野中は、ぎゅっと両手の拳を握りしめた。

野中さん…と、大和が小さく呟く。

恵真は少し考えてから、顔を上げた。

「野中さん。さっき彩乃さんが言っていました。私が、一人で心細かったですよね?って聞いたら、ううん、平気。パイロットの妻なんだもの。これくらいは覚悟の上よって」

彩乃…と、野中は驚いたように目を見開く。

「恵真さんこそ、そんなに心配しないでって。お腹の赤ちゃんに悪いわよって、逆に私のことを気遣ってくれました。野中さん、彩乃さんはとても強くて優しい人です。野中さんのことを信頼して、しっかり支えている人です」

野中は目を潤ませる。

「素敵な方ですよね。野中さんともお似合いで。お二人の結びつきはとても固いものなんだと思いました」

涙を堪えながら、野中はうつむいて何度も頷く。

「どうぞお大事にしてくださいね」
「野中さん、また何かあればいつでも連絡ください」

恵真と大和がそう言うと、野中はようやく笑顔をみせた。

「ありがとな!佐倉、藤崎ちゃん」

二人も笑顔で頷いた。