ロマンスにあけくれる




「……あ、花穂さん」

「ん?」



ふと廊下の真ん中で立ち止まった都裄くんの視線は、わたしの名前を呼んだくせに、どこか別のところへと向いていた。



「あっちに生徒指導の先生見つけたから、僕はこれ提出したあと教室行くから。花穂さんは先に教室行ってて」

「あ、うん。わかった」

「急ぎなよ」



そう言って、ぱたぱたと廊下の奥の方に駆けていく都裄くんの姿を視界から弾いて、反対側へと進んでいく。

と言っても、そこまで離れていないから、ものの数秒で扉の前に着く。


ちゃんと、扉の先からは、たくさんの人の話し声が聞こえてくる、……のに。


かららら、と扉を開けると、訪れる一瞬の静寂……のはずが、2、3、4……と時間が経過しても、それが続く。



息を殺してわたしを射抜く視線には、好意やらが含まれているのかもしれない。……ただ、それとはまた逆の意味が存在するものもあるのだと、随分前に理解している。



「……どっちも、面倒だよなあ」




気づけば、誰にも届かないような言葉で、ひっそりと自嘲の笑みがこぼれていた。