「リンダは、本当にいいのね」
「もちろんよ。私は真新しい研究室の立ち上げに関わって、自分好みの研究所を作りたい」
「私は……」

 『彼の側にいたい』と言おうとして、恥ずかしくなって言いよどむ。
そんな背中を、リンダがパシリと叩いた。

「理由なんて、なんだっていいのよ! とにかく、行きたいなら行きたいって言いに行こう!」

 手を繋いで走り出す。
二人並んで廊下を駆け抜け、階段を走り降りた。
聖堂の扉から、バン! と勢いよく外へ飛び出す。

「痛っ!」
「リシャール!」

 扉で顎をぶつけたらしいリシャールが、手で口元をおさえている。
彼と目があった瞬間、明らかにリシャールの口元が歪んだ。

「ル、ルディ。あのさ、ちょっと聞きたいんだけど……」
「な、なんですの?」

 私にも言いたいことがあるから、出来れば手短にすましてほしい。

「いや。ルディって、俺のことが好きだったのかなって」
「いつ私がそんなことを言いました!?」

 恥ずかしさに顔が真っ赤になる。
リシャールはニヤニヤした口元を隠しているつもりかもしれないけど、全然隠せてない。

「え。だってほら。昨日さ……」
「昨日の晩は夜会でお会いしただけですけど!」
「いやいや、その後の話だよ」
「その後って?」

 もしかして、私から言わせるつもり?

「ルディの方から、俺にキ……」
「わー!!」

 慌てて彼の口を塞ぐ。
リシャールはニコニコとやけに浮かれたままだ。

「だってさ、突然そんなことされて、驚かない奴なんて、いる?」
「私は、リシャールのことなんか、リシャールのことなんか……!」

 突然言葉の出てこなくなった私を、紅い目がニヤニヤとのぞき込む。

「俺のことなんか?」
「べ、べ、別に……。好きとか嫌いとかじゃなくて……。その……」
「ははは」

 リシャールは楽しそうに笑うと、ぎゅっと私を抱きしめた。

「ねぇ、ルディ。レランドにおいでよ。君が俺のことを嫌いでも、俺は君が好きだよ」
「わ、私も好きですよ?」
「なら決まりだ」

 リシャールは上機嫌で拳を空に突き上げた。

「友好親善ってことで、今度はルディをレランドに招待だ!」
「やったー!」

 すぐ横で聞いていたリンダまで、リシャールと同じように飛び上がる。

「リンダも来る?」
「もちろん」

 彼女は満足げににっこりと微笑んだ。

「ぜーったいに、付いてく!」

 リシャールの旅団がレランドへ向け旅立つ日の朝、見送りに来たエマお姉さまは、めちゃくちゃに腹を立てていた。

「だからどうして、ルディまでレランドに行く必要があるのよ!」
「仕方ありませんね。彼女が俺について来たいと言うのですから、止めようがないじゃないですか」

 詰め寄るお姉さまに、リシャールはフンと高い鼻を鳴らした。

「あなたにルディは渡さないと言ったはずですけど」
「それはルディに聞いてください。そもそも、私の方から彼女に手は出していませんよ」
「ルディ!」

 お姉さまの目が、キッと私をにらみつける。

「あ、あの……ですね。私もお姉さまのお手伝いを始める前に、色々と見聞を広め、各国の聖女の置かれた立場とか状況というものを知っておいた方が……」

 リシャールの腕が、不意に私の腰を持ち上げた。

「きゃあ!」
「はいはい。ご託はいいから、さっさと乗れ」

 リシャールは私を馬車に放り込むと、その扉を閉めた。

「じゃ、妹さんはお預かりします」
「絶対に返してもらうわよ」
「ははは」

 リシャールの合図で、隊列が動き出す。
私は窓から身を乗り出した。

「お姉さま! 行って参ります。きっと、たくさんのことを学んで戻ってまいりますわ!」

 少しずつ小さくなっていくエマお姉さまとマートンが、手を振ってくれている。
私はそれに応えるよう、大きく手を振った。
見慣れたブリーシュアの城と街が、どんどん小さくなってゆく。
やがて馬車は郊外の森の中へ入った。

「もう別れはすんだか」
「えぇ。ありがとう。リシャール。最後にお姉さまに会えて嬉しかったわ」
「なら窓を閉めてこっちを向け。俺と二人でいるのに、いつまでもそんな寂しそうな顔をするな」

 リシャールが私を抱き寄せる。
彼は窓を閉めると、そっと私の顎を持ち上げた。



【完】