「だって私が、こんな素敵な女性を見逃すはずがない」
「はい?」

 聞かされている方が恥ずかしくなるセリフに、正気を疑う。
マートンにさえ、そんなふうに言われたことはない。
私を王女だと知って近づいてくる、どんな男性にもだ。
対応に困る私に、彼は遠慮なく笑った。

「あはは。本当に可愛らしい人ですね」

 背の高い彼がピンと腕を伸ばすと、その手にぶら下げられているよう。
地面から足が浮いてしまいそうになる。

「おっと失礼」

 そうかと思った次の瞬間には、浮いた腰をしっかりと抱きとめられる。
頬に寄せられた唇が、耳元でささやいた。

「どこかで少し、お話しませんか?」
「は? あ、えぇっと……」

 音楽が終わりを迎える。
彼の目つきが明らかに変わった。
手に入れた獲物を撃ち落とすような紅い目に、つい引きずり込まれてしまう。
断りを入れる間もなく、半ば強引に会場である広場から連れ出されてしまった。
迷路のように入り組んだ、植物園の奥へと誘われる。

「姫はこの城のことをよくご存じでしょう? どうか不慣れな私に、城内を案内してください」

 彼からは嗅いだことのない、甘い香水の香りがする。
爪の先まで丁寧に磨き上げられた手が、私の指に絡められた。

「出来れば二人きりになれるところがよいですね」

 口ではそんなことを言いながらも、彼の足はこの庭園をよく知っているようだ。
迷うことなくパーティー会場から人目のつかない茂みの奥へ、私を運んでゆく。
屋外庭園の片隅でようやく足を止めると、彼はくるりと振り返った。
繋がれた手に絡んだ指先が離される。
野性的な紅い髪とは対照的な、紳士な笑みを浮かべた。

「ここならあなたを、独り占めできますか?」
「お、……お話するようなことは、何もないと思いますけど?」
「ははは。あなたと二人きりになれるなら、どこでもよかったのです」

 リシャール殿下は右手を胸に押し当てると、お姉さまにした時と同じように完璧な仕草で頭を下げた。

「初めましてルディさま。レランドの第一王子、リシャールです」

 優雅な身のこなし。
彼は間違いなく、立派な貴公子で紳士だった。
私もこの国の第三王女として、スカートの裾を持ち上げ膝を折る。

「ブリーシュアの、ルディです」

 紅い目に純白の異国の衣装が、午後の日差しを受けて輝く。
夏の終わりのうっそうとした植物園の中で、彼は涼しげに微笑んだ。

「あなたにも、エマさまのような世界樹を育てる力がおありなのですか? 樹に祈りを捧げる乙女の一族の姫よ」
「それを……。異国の方に、お伝えしなければならない理由はございませんわ」

 そわそわとして落ち着かない。
全く知らない人と、突然二人きりにされたせいだ。
ゆっくりと話したつもりだったのに、声まで裏返っている。
今すぐ逃げ出してしまいたいけど、エマお姉さまの招待客を置き去りにするわけにもいかない。

「あぁ。樹の守り姫は時に土地を巡る争いの種にもなるもの。人々が瘴気から守られ安心して暮らすには、かかせない存在です。ましてブリーシュアの王族の姫ともなると、さぞかし世界樹から愛される強い力をお持ちでしょう。それを目当てに近づいてくる男も、後を絶たないのでは?」
「出会う人全てが、そうと限ったわけではございません」
「本当に?」

 返事の代わりに、大きくうなずく。
聖女だとか王族だとか、そんなことが誰かに愛される理由になんてならない。
私は私だ。

「あなたはこんなにも可愛らしいのに、ブリーシュアの男たちはどうかしている」

 紅い目が私を見つめる。
彼の手が私の髪に触れようとするのを、それとなく拒んだ。
花など何も咲いていない生け垣に視線を向ける。

「ルディさまは、緊張なさっているのですか? 私が怖い?」
「そ、そういうわけではごさいませんわ」

 リシャール殿下は、ずいぶんと背が高い。
そのせいで体格もよいのに、スラリとして見える。
彼の前にいると、自分がとても小さく感じてしまう。

「どうすればあなたに、気を許していただけるのでしょう。こんなにもお近づきになりたいと思った女性は、他にいないのに」