「リシャール殿下は、ブリーシュアへはよく来られるのですか?」

 エマお姉さまは、マートンが助けに駆けつけたと見極めると、リシャール殿下と重ねていた手から離れる。
お姉さまは、マートンに自分の腕を絡めた。

「殿下。私でよろしければ、ブリーシュアを案内いたしますよ」
「マートン卿」

 二人の関係にようやく気づいたらしいリシャールは、声色を整えた。

「なるほど。ではそのうち、卿には城内を案内してもらおうかな。しばらくここに、滞在する予定ですからね」
「リシャール殿下は、聖女研究に関心の高い方とお聞きしております」

 マートンは叩き込まれた非の打ち所のない礼儀作法で、にっこりと笑みを返した。
それは殿下に対する宣戦布告とも、警告ともとれる微笑みだった。

「私でよろしければ、いつでも喜んで」

 お姉さまを取り合って火花が飛び散るかと思った瞬間、王子はいきなり、ぱっと私を振り返った。

「こちらの妹姫も、なかなかに可愛らしい方ですね。ルディさま?」

 サラリとした紅い前髪が、信じられないほどふわりと柔らかく微笑みかける。
あろうことかさっきまでお姉さまを誘っていた手が、今度は私に向けて差し出された。

「は? なんですの?」
「あなたをダンスにお誘いしているのですよ。ルディ王女」

 本気なの? 
いや、絶対に本音じゃ嫌がってるでしょ。
だって笑顔が引きつっているもの。
私だって踊りたくはないけど、この流れと状況で、断れないものは断れない。

「ルディさま。よろしかったら今度は私と、一曲お願い出来ますか?」
「もちろんですわ。よろこんで」

 社交界の交流って、ホントに大変。
私だって踊りたくはないけど、リシャール殿下だって仕方なく誘ってるんだよね。
分かってる。

「ではこちらの妹姫を、少しの間お借りしますね」

 グイと引き寄せられた腕に、足元がよろける。
彼からは嗅いだことのない異国の香りがした。
燃えるような紅い髪と紅い目が、じっと私を見つめる。
抱き寄せられた勢いで頬をぶつけた胸板は、マートンとは全く違っていた。
私が転んでいると思っているのか、腰に回された腕がしっかりと支えてくれているおかげで、体がピタリと密着してしまっている。

「リ、リシャールさま。これではダンスをしようにも、近すぎて踊れませんわ」
「あぁ。失礼いたしました。そうですよね。あなたがあまりにも華奢でかわいらしかったもので。うっかりしていました」

 このセリフ、どこまでが本気? 
怪しむ気持ちを出来るだけ抑え、彼を見上げる。
私を支えていた強い腕が、ようやく離れた。
改めて向かい合い、にこっと微笑んだその紅い目が、一瞬ほっと緩んだような気がした。

「では改めて、お誘いしても?」
「殿下に誘っていただけるのなら、何度でも光栄ですわ」
「ははは」

 音楽が始まる。
手と手が触れ合った瞬間、彼の細い目がキュッと引き締まった。
涼やかな目元がずっと私を捕らえたまま、一時も離れてくれない。
相手の動きに合わせ寄り添うように踊るマートンとは違い、彼は自分の手の中でくるくるともてあそぶようにリードし、ステップを踏む。
決して下手だとか自分勝手というわけではないし、もちろん第一王子らしくダンスも得意なのだろうけど、リシャール殿下はもう少し相手のことも考えた方がいいと思う。
力強く素早いステップについて行くだけで必死で、体だけでなく気持ちまでもてあそばれているようだ。

「殿下のダンスは……。なんといいましょうか、野性的というか、とても力強いステップなのですね」
「そうですか? それはお褒めにあずかり、光栄です」

 大きくターン。
その遠心力で、繋いだ手をしっかり握りしめていないと、勢いだけで吹き飛ばされそうだ。
離れてしまった体を、また強く抱き寄せる。

「そ、それで、殿下はいつお姉さまをお知りに?」

 うっかり足を踏み外してしまいそうなほどの早いステップに、息が切れそうになる。
それでもどうしても聞きたいことは、聞いておかないと。

「エマさまを初めてお見かけしたのは、この王城で開かれた世界樹の成長を祝う祝祭の時です。テラスに現れたお姿に一目惚れした私は、その瞬間から密かに想いを寄せておりました」

 そう言った彼の言葉に、嘘の香りは感じられなかった。
お姉さまにいきなり求婚するなんて、なんて無茶で乱暴な人だろうと思ったけれど、お姉さまに対する思いは本物らしい。
くるくると振り回されている私を支える彼が、ゆっくりと微笑んだ。

「その時に、あなたもエマさまの隣にいらしたのですか?」
「え、えぇ。家族とともに、テラスに並んでおりました」
「どうりで。どこかでお見かけしたことがあると思った」

 早すぎるテンポのダンスが、不意にピタリと止まった。
紅い前髪が、今まで他の誰にも近寄らせたことのない距離まで、グッと近づく。