騒動から一夜明け。
 ヴァレンティーノ家が皇都に構えるタウンハウス(皇都本邸)の寝室で目覚めたシャノンは、同じく昨夜から滞在していたダリアンに事の詳細を聞かされた。


 まず、シャノンと双子を攫ったカーターだが、現時点では本邸地下の牢に入れて、今も聴取を行っているという。

 シャノンが見世物小屋で毒素を浄化していた聖女だと知っていたのは、浄化をしてもらった客の一人がうっかり酒場で、一般民を装い情報収集中のカーターに話してしまったことが始まりである。


 カーターは上に報告する前に、真相を突き止めようと見世物小屋に向かい、忍び込んで様子を見てみれば本当に毒素を浄化する聖女の姿を発見した。
 本来ならここですぐに報告に移るべきなのだが、欲が出た。

 闇使いの端くれであるカーターは、自分の体に溜まった毒素も浄化してくれないだろうかと考えた。管理者と接触しようとしたところで……タイミング悪く、別の情報筋から聞きつけたルロウやダリアンが見世物小屋に立ち入った、ということだった。


 カーターは屋敷でシャノンに声をかけたとき、左足を引きずる歩き方の独特な特徴や背丈から、見世物小屋にいた聖女がシャノンなのではという疑問を抱いた。そしてシャノンがルロウの婚約者として現れた時期を考えると、見世物小屋から連れてきた可能性が極めて高いという結論に至ったのだ。


「裏切りは死だと分かっているはずなのにな。アイツは金に目がくらんで黒明会の奴らにお前の情報を流したんだ。で、小劇場でお前に危害を加えた男だが、黒明会では下っ端のほうでな、地位を上げるために何か有益な情報がないかと帝国に潜伏していたって話だ」


 黒明会の者なら、闇使いが管理する商団が通り抜けるための道を使えば帝国に来ることはできるので、男もそうしてやってきたのだろう。

 クロバナの蔦は国境を覆うように生えているが、一箇所の毒素を集中的に吸収することで、数分だけ人が通れる道を作り出すことができる。

 しかし、そのためには毎回大掛かりの人員を投入するので、ただの一般人はなかなか使用できない道である。しかもすぐに蔦が伸びて閉ざされてしまうため、頻繁に開けるものでもなかった。


 現在分かっている状況の説明をあらかた終えたダリアンは、シャノンに深く謝罪をした。


「……保護すると言っておきながら、危険な目に遭わせてすまない」

「謝らないでください。いくら当主様だって、こんなの防ぎようがないですよ。カーターのことも、そもそも情報が届いていなかったんですから」


 ダリアンのせいだとは一切思っていないシャノンなのだが、それでも当主でありながら騒動を未然に防げなかったのは自分の不徳の致すところだと、またも頭を下げられてしまった。


 そしてもう一つ、ダリアンが面倒そうにしている理由がある。
 おそらく、こちらのほうが比べ物にならないほど重大だ。


「黒明会の者の関与、小劇場で捕縛した貴族連中の顔ぶれ、そして場所が皇都だったこと。……さすがに今回の件で、隠しきることが難しくなった」


 そう。じつはヴァレンティーノ家が聖女を保護していたということが、皇室の耳に入ってしまったのである。

 仕事が早いもので、今朝方ダリアン宛に皇室から登城命令が下され、シャノンも共に行かなければならなくなってしまったのだ。