俺は結婚して、赤ちゃんを設けた。
 俺はど田舎で働いている。粗末だが、一戸建てを持っている。
 それは吹雪の晩だった。俺は仕事から帰った。家の中はあたたかく暖房がきいていた。
 「おかえりなさい」
 妻は黒髪であり、色白のきれいな女性だった。
 「ただいま」
 妻を見ると幸せな気持ちになる。
 「坊やは」
 「寝たわ」
 俺は、赤ん坊を見に行った。赤ん坊はベビーベッドですやすやと寝ている。とてもかわいい。俺は幸せな気持ちになった。
 俺は食事をとった。妻の手料理はとてもうまい。ああ、幸せだ。食後、俺はとても幸せな気持ちになった。これなら、もう死んでもいいと思った。粗末で一回建てだが、一戸建て。美人で料理のうまい妻、そうして赤ちゃん。
 俺は縁側の窓を見に行った。暖かく幸せな家の中とは対照的に吹雪がひどいようだ。
 「そういえば、あの日もこんな吹雪だったな」
 と、俺は言った。窓に妻が写った。俺はふりむいた。一瞬険しい顔をしている気がした。しかし、妻はいつののように笑顔だった。気のせいかな。
 「あの日って」
 と妻。
 「うん、もういいだろう」
 妻の顔がまた険しくなった気がした。気のせいかな。
 「俺は若いころ、男友達5人と雪山に登山に行ったんだ」
 妻の顔がまた険しくなった気がした。
 「その日は晴れていて、とても天気が悪くなる気配はなかった。その山には人が入ってはいけない聖域があった。そのころの俺たちは若かった。面白半分にその聖域に踏み込んでやろうと、皆で話した。そうして俺たちは聖域に足を踏み込んでしまった」
 「それで」
 と、妻。
 「聖域に踏み込んでも天気が変わることはなかった。俺たちは冗長していた。どんどん奥へ入って行った。すると、急に天気がくもり、雪が降り始めた。俺たちはやっぱり、はいっちゃいけなかったんだ、と思った。引き返そうとしたが、急に吹雪になった。視界がさえぎられ、来た道がわからなくなった。方位磁石もくるっていた。たたりだ。山の神のたたりだ。俺たちはひざまずいて祈った。山の神様、すみません。あなたの聖域に入ってしまって。どうかお許しください」
 俺は言葉を切った。
 「すると、不思議なことに山小屋があらわれたんだ。俺たちは神の奇跡だと思った」
 そこで俺はいったん置いた。ため息をついた。妻は黙って聞いている。
 「なんかおかしいと思うべきだった。もし神が許してくださったなら吹雪がやみ、帰り道がわかったはず。しかし、吹雪はやまず、山小屋が見えた」
 俺は言葉を切った。俺は深い後悔にかられていた。
 「それからどうなすったの」
 と、妻。
 「ああ。それはまるで俺たちを誘導しているようだった。俺たちは山小屋に入って行った。山小屋の中は驚くほど暖かかった。俺たちは神に祈った。神様、おゆるしくださってありがとう。俺たちは荷物を置いてくつろいだ。ああ助かった。すると、ドアをたたく音がした。俺たちは山の神だと思った。俺たちは恐る恐るドアを開けた」
 俺は一息ついた。
 「そこに立っていたのは・・・」
 俺は一息ついた。
 「女だった」
 妻は黙ってきいている。
 「驚くほど美しい女だった」
 俺は息をついた。
 「女は色白で銀髪だった。髪は長く、束ねていた」
 妻はじっときいている。
 「女は白い服着ていた」
 窓を見ると、相変わらず吹雪のようだ。
 「女はまるで弥生時代のような白い服を着ていた。首には勾玉をしていた。神だ。俺たちはひざまずいた。ああ、神様、俺たちを許して下すってありがとう。ところが、女は言った。いいや、お前たちは許すまじ。俺たちはびっくりした。神が許して下すったから山小屋が現れたと思ったのだ。女は言った、生きて帰れると思うな。恐ろしい声だった。俺たちは震え上がった。しかし・・・」
 そこで俺は言葉を切った。俺はうつむいた。
 「女は顔を俺に近づけてきた。そうして言った、お前は顔がいいから許してやろう」
 俺はうつむいた。
 「そのとき、俺はやったって思った。俺だけ助かるって。」
 涙がこみ上げる。
 「しかし、神は言った、ただし、ここで起きたことは絶対誰にも言うなと。すると、ドアから吹雪が吹き込んだ。山小屋の中はそれまでと一変して寒くなった。俺は気を失った。気づくと、救急隊員の顔が見えた。隊員は、よかったあ、生きてた、と言った。やった、助かった、と俺は思った。正直うれしかった。自分だけ助かって」
 俺はうつむいた。
 「俺は友達のことを尋ねた。救急隊は首を振った。俺は絶望した。救急隊は言った、お友達は全員お亡くなりです、でもあなただけ助かってよかった。こうして俺は助かった」
 俺は話を終えた。すると、妻が恐ろしい顔になった。今度は気のせいじゃない。
 「とうとう言ってしまったんですね」
 え。
 妻は色黒で黒髪の元気そうな顔立ちをしている。それがたちまち色白の銀髪の女に変わった。俺は腰を抜かした。神だ。あのときの山の女神だ!