「……あれ(痣)のことも、きちんと兄上に伝えておきましたよ」
キルシェちゃんを起こさないためか、ヴァイスさんは声を潜めて伝えてきた
「おそらく、皆さんの予想通りでしょう…その(虐待)可能性はかなり高い…ですからキルシェは帰りたがらなかった…」
「……はい」
キルシェちゃんはまだ3歳。身分地位は高くても、幼い子どもだ。体も小さく力も弱い。大人に抵抗する術はあまりに少ない。
「……もしも、ですが」
ヴァイスさんが声をひそめながら、意外な提案をしてきた。
「キルシェがこのまま帰りたがらなかったら……私は、キルシェを引き取るかもしれません」
「…え」
驚いたあたしは反射的に身体を反転させ、ヴァイスさんの顔を見る。横向きで頬杖をついた彼は、あくまでも真面目な顔だ。
「あくまで、可能性の一つなだけです……ですが、万が一そうなったとしたら……アリシア」
一度言葉を切ったヴァイスさんは、改めてあたしをまっすぐに見てこう告げた。
「あなたに、キルシェの母代わりになってもらいたいのです」
ドキン、と心臓が跳ね上がった。
真剣なヴァイスさんの眼差しには、どこか熱が籠もっているような。
「あたしが……お母さん代わりに…?そんなの…」
無理だ、と言いかけたのに。伸びてきたヴァイスさんの手があたしの頬に触れてくる。
指がそこをすべり、ぬくもりとくすぐったさとで、思考が鈍くなる。
「アリシア……私は、あなただからなんです。あなたしかほしくない……」
「ヴァイスさん……」
彼の瞳に、情熱が宿る。伸びた手が肩を抱き寄せ、そのまま顔が近づいた……
のだけど。
「……おねーちゃん…なにしてるの?」
よりによってキルシェちゃんが目覚めてしまいまして…。
苦笑いしたヴァイスさんは、「なんでもないよ」と頭を撫でてたけど。
恥ずかしすぎたあたしは、布団を頭まで被って寝たふりをしました。



