タタンタタン。

電車が揺れる。

私はゆるゆると目を開けた。身体の左半分から伝わる熱が、嘘ではないと確かめるために。
陽くんの手を握りしめる。身動ぐ気配がして、低くかすれた声が耳に届いた。

「よかったの、俺を吸血鬼にしなくて」

私は彼の肩に頭をすり寄せる。

「いいの。上等なエサがなくなっちゃうし」

くつくつと喉奥で笑う声がする。

「ひっでぇ」

結局、私は彼を吸血鬼にしなかった。
よく考えたら、二人で逃げるのも生きるのも死ぬのも、陽くんが吸血鬼じゃなくてもできることだ。それに弱っているところを吸血鬼にしたんじゃ私の吸血鬼としてのプライドが許さない。
いや、吸血鬼としてじゃなくて私個人のプライドだ。
私はこれから一族に追われながら生きていく。陽くんも無事ではすまないだろう。陽くんの家族が追ってくる可能性だってある。
それでも私はもう、しがらみから抜け出したかった。好きな人と生きてみたい。バケモノだなんだって、自分を閉じ込めるのは終わりにしたい。
それはきっと、陽くんだって同じことだ。

「陽くん」
「うん」
「小夜って呼んでよ」

私の唐突な提案に、陽くんはそのくらいいくらでも、と言いながら緊張した声で呼んでくれた。

「……小夜、ちゃん」
「うん」

好きな人に名前を呼ばれたい。そんなささやかな願望が叶って、目に水が張りそうになる。陽くんにバレないよう、もう一度目を閉じた。

始発電車でそんなやり取りをしても、誰も咎める人はいない。
文字通り、二人きりだった。





小夜ちゃんへ
届くかはわからないけど、一応送っておきます

まずは、服をクリーニングに出してくれてありがとう。お店から宅配で送られた時はびっくりしたけど、すぐ小夜ちゃんだとわかりました。

あのデートの日からいくら連絡しても返事がなくて、思い切って家まで行っても、近所の人に聞いても何もわからなくて、すごく心配しました。

小夜ちゃんの親だという人たちが来て色々と聞いてきましたが、本当に何もわからなかったのでそう答えました。そしたらスマホを見せろとか部屋に隠してるんだろうとか、また色々言ってきました。

お父さんとお母さんが警察に連絡すると言ったら帰ってしまいましたが、また来ると言ってました。そのまたがいつなのかはわかりません。

小出くんの親だという人たちも同じようにやってきて、同じように聞いてきました。小夜ちゃんの親の話をすると、大人しく帰りました。

何となくだけど、小夜ちゃんと小出くんは駆け落ちしたのかなって思いました。違うならごめんだけど、本当に何となくそう思いました。

小夜ちゃんはすごく不思議な子だから。

上手く言えないけど、小夜ちゃんは時々目が赤くなったりするような気がして、それ以外でも人間離れしているような気がしたから。

それでも小夜ちゃんは大好きな友だちです。

それならそれで、二人が幸せになれるよう祈っています。

舞香