「はあ…。」
いつもより少しだけ重たいスクールバッグを肩にかけながら、私、「月宮夕」は大きなため息をついた。
今日は、最悪な日だ。
今世紀最大のミスを犯してしまったのだ。
今日で初めて教室に入り、自己紹介という「地獄の関門」を難なく通り抜けようと思っていたのに。
みんなのしらけた目ときたら。
思い出すだけで身震いがする。
とぼとぼと土手の上の道路を下を見ながら歩いていると、私のすぐ横を同じ高校の男子生徒が自転車で颯爽と通り過ぎていった。
ああ、逃げ出したい。
ふと視界の隅に映った、川へ向かって伸びている階段に目が留まった。
何段目か降りた後に、階段の隣に広がる芝生へ歩みを進めて、その上に膝を立てて座る。
川の濁った水面に、汚い曇り空が反射していてもっと汚く見えるが、なぜか心地よかった。
ずっと、ここにいたいなあ。
次の瞬間、ふわっと、いつもより少しだけ時間をかけてセットした私の前髪を風が崩していった。
前髪を手ぐしで直しているときに、はっとそれに気が付いた。
隣に、きれいな女の子が座っていた。
なんで、さっきまでいなかったはずじゃ…。
心臓がキュッとなり、心音がバクバクと音を立てていると、無意識に見つめていたその女の子と目が合った。
吸い寄せられそうな、空のもっと向こう側みたいな色の目。
優しく結ばれたその口元は、かすかに笑っているように見えた。
「どうしたの?」
細くて、暖かくて、儚い、きれいな声が、私を包んだ。
その声を聞いた途端、封じ込めていた嫌な気持ちがほどかれたように、私はその子に今日あった嫌なことをすべて話した。
「そっか、それは大変だったね。」
「うん、学校に行くのが嫌になりそう。」
長話を聞いてくれた彼女は、包み込むようにそう言った。
空を仰いだ彼女は、一面に広がる雲を指さした。
「でもさ、雲はいつも優しいよね。」
その子は、きれいなものでも見るかのような目で、雲を見つめてそう言った。
雲が、優しい?
そんなこと考えたこともなかった。
雲なんて、汚いだけだと思っていた。
「...そうだね。」
少しだけ、世界がきれいに見えたような気がした。
「さあ、もうこんな時間だよ。早く帰らないと叱られちゃうんじゃない?」
その子は、自身の左手首に巻かれた青い腕時計を見てそう言った。
スマホで時間を確認すると、6時を過ぎていた。
まだここにいたいけど、長居してもよろしくないよね。
「そうだね、じゃあ帰るよ。」
「うん、気を付けてね。」
よっこらせ、と重たい腰を上げて立ち上がり、草が付いたおしりをはたく。
少しだけ軽いスクールバッグを手に取り、芝生を後にした。
「ま、待って!」
大事なことを思い出した。
彼女はゆっくりと振り返り、上目づかいで私を見つめた。
「な、名前は?」
その子は少し開いていた口をキュッと結び、口角を上げた。
「ソラ、青空って書いてソラって読むんだ。あなたは?」
「私はユウ、夕日の夕でユウだよ。じゃあね!」
「うん、いつでもここで待ってるからね。」
また会いたいな。
明日の自分に期待して胸を膨らませながら、私はスキップもどきで家に帰るのであった。
いつもより少しだけ重たいスクールバッグを肩にかけながら、私、「月宮夕」は大きなため息をついた。
今日は、最悪な日だ。
今世紀最大のミスを犯してしまったのだ。
今日で初めて教室に入り、自己紹介という「地獄の関門」を難なく通り抜けようと思っていたのに。
みんなのしらけた目ときたら。
思い出すだけで身震いがする。
とぼとぼと土手の上の道路を下を見ながら歩いていると、私のすぐ横を同じ高校の男子生徒が自転車で颯爽と通り過ぎていった。
ああ、逃げ出したい。
ふと視界の隅に映った、川へ向かって伸びている階段に目が留まった。
何段目か降りた後に、階段の隣に広がる芝生へ歩みを進めて、その上に膝を立てて座る。
川の濁った水面に、汚い曇り空が反射していてもっと汚く見えるが、なぜか心地よかった。
ずっと、ここにいたいなあ。
次の瞬間、ふわっと、いつもより少しだけ時間をかけてセットした私の前髪を風が崩していった。
前髪を手ぐしで直しているときに、はっとそれに気が付いた。
隣に、きれいな女の子が座っていた。
なんで、さっきまでいなかったはずじゃ…。
心臓がキュッとなり、心音がバクバクと音を立てていると、無意識に見つめていたその女の子と目が合った。
吸い寄せられそうな、空のもっと向こう側みたいな色の目。
優しく結ばれたその口元は、かすかに笑っているように見えた。
「どうしたの?」
細くて、暖かくて、儚い、きれいな声が、私を包んだ。
その声を聞いた途端、封じ込めていた嫌な気持ちがほどかれたように、私はその子に今日あった嫌なことをすべて話した。
「そっか、それは大変だったね。」
「うん、学校に行くのが嫌になりそう。」
長話を聞いてくれた彼女は、包み込むようにそう言った。
空を仰いだ彼女は、一面に広がる雲を指さした。
「でもさ、雲はいつも優しいよね。」
その子は、きれいなものでも見るかのような目で、雲を見つめてそう言った。
雲が、優しい?
そんなこと考えたこともなかった。
雲なんて、汚いだけだと思っていた。
「...そうだね。」
少しだけ、世界がきれいに見えたような気がした。
「さあ、もうこんな時間だよ。早く帰らないと叱られちゃうんじゃない?」
その子は、自身の左手首に巻かれた青い腕時計を見てそう言った。
スマホで時間を確認すると、6時を過ぎていた。
まだここにいたいけど、長居してもよろしくないよね。
「そうだね、じゃあ帰るよ。」
「うん、気を付けてね。」
よっこらせ、と重たい腰を上げて立ち上がり、草が付いたおしりをはたく。
少しだけ軽いスクールバッグを手に取り、芝生を後にした。
「ま、待って!」
大事なことを思い出した。
彼女はゆっくりと振り返り、上目づかいで私を見つめた。
「な、名前は?」
その子は少し開いていた口をキュッと結び、口角を上げた。
「ソラ、青空って書いてソラって読むんだ。あなたは?」
「私はユウ、夕日の夕でユウだよ。じゃあね!」
「うん、いつでもここで待ってるからね。」
また会いたいな。
明日の自分に期待して胸を膨らませながら、私はスキップもどきで家に帰るのであった。