伊吹くんにとって、わたしの日常生活はどうでもいいの?
スマホの電話のことなんかで、自分の感情ばっかりわたしに押し付けて、わたしが困っていることに、もう気づいてくれないの……?
「……っ、な、ない。出られない理由なんて、ないよ。伊吹、くん……」
咄嗟に飛び出した言葉は、伊吹くんへの反抗の言葉ではなく、その身勝手すぎる我儘を受け入れる言葉だった。
わたしの色々はどうでもいいのかなんて、今の伊吹くんにはとてもじゃないけれど怖くて言えなかった。
「そう。それでいい」
伊吹くんの背後から恐ろしい黒い威圧が消え去り、やっと表情が正常の優しいものへと戻った。感情のなかった瞳が綺麗で澄んだ茶色へと戻る。
そうやって、伊吹くんはまた“優しい”伊吹くんになった。
今でも心臓が震えている。さっきの伊吹くんは尋常ではなかったと。これまで見て見ぬふりをしてきた、わたしが知る伊吹くんとは全く違う一面。
───幸せじゃないと言ったらウソになる。
……だけど、大好きなはずの伊吹くんにこんなにも恐怖心を抱いてしまっているこの状況は、果たして本当に幸せだと言えるの……?



