「ああ、いいんだ。……ただ、あの子だけは、ここにいるべきじゃないと思った。だから逃がした」
飛鳥馬麗仁様直属の配下である俺、仁科 真人は頭を少し下に下げながらそう問いかけた。
飛鳥馬様の横顔をちらりと見やると、少しだけ今まで感じたことのなかったある“違和感”を感じた。
飛鳥馬様の長く綺麗な眉毛が両方とも下がり、憂いを帯びた表情をして、いつも纏っていたはずの冷酷な雰囲気が感じられない。
「そう、ですか。……しかし飛鳥馬様、この街に私情を持ち込むのは許されないことです。もしも飛鳥馬様が情けであの女を助けたのなら、今後そのような行為は謹んで頂きたいです」
ここだけは、はっきりと正確に物怖じせずに伝えなければならない。なんせこのお方はこの街の未来を背負う唯一無二のなくてはならない存在なのだから。
俺の言葉に、飛鳥馬様は深く考え込むように難しい顔をしながら、あの女が消えていった方向をどこか寂しげな表情をして見つめ、首を縦に振り、低い唸り声で「──ああ、んなもん分かってる」とだけ呟いた。
さっきまでずっと、飛鳥馬様はあの女が角に消えていくまでその背中をじっと見つめていた。
その瞳が、男が愛する女を求める時の獣のように鋭い熱を含んだ瞳みたく重なって見えたのは、単なる俺の気のせいだったのだろうか。



