冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない。



そんな気持ちで飛鳥馬様の瞳を見つめるけれど、そこには別に大した意味はなさそうにも思えた。



「…はい。綺麗です」



だから、わたしはその言葉を笑顔で返した。


飛鳥馬様がこう何度もわたしの前に自ら現れる理由が、わたしに対して何か特別な情を抱いているという可能性は薄そうに思えたから。


だから、視線を外したその先で、わたしの言葉に飛鳥馬様が恍惚(こうこつ)と頬を真紅に染めているとは誰も思わないでしょ……?


“月が綺麗ですね”に“はい、綺麗です”と答えた場合、夏目漱石によるとそれは相手の告白を受け入れたことになる。


わたしは(のち)に、この時もっと真剣に物事を考えてから、飛鳥馬様に対する返事を返せばよかったと深く後悔することになる。


 ♦


自分の家に向かうに連れ、わたしの心臓がバクバクと鼓動する音が大きくなっていくようだった。

スマホは家においてきたまま。電源も切っていない。


そして、只今の時刻は車内に取り付けられている電子版から見て23時を過ぎている。