何の音も発さない静かな走行音がわたしの心を落ち着けた。
妖しげに煌々とした光を発する満月が、スモークガラス越しに車内に洩れ出ている。
その光が飛鳥馬様の頬を照らし、何とも言えない幻想的な雰囲気が漂う。
「月が綺麗だね」
しばらく見惚れたように飛鳥馬様の横顔を眺めていたから、突然こっちを向かれた時は驚いた。
ふんわりと穏やかに微笑む飛鳥馬様の表情からは、今このお方がどんな感情を抱いているのかは分からない。
“月が綺麗ですね”
それは、夏目漱石が唱えた「月が綺麗ですね」を「I love you」と訳した表現として受け取らないといけないのかな……?
わたしは、そんな風に受け取るのは心底嫌なのだけど。
こんなにも見目麗しくて優しい人を、わたしのせいで不幸になんてしたくないんだもん。
わたしみたいな疫病神は、もう誰とも結ばれることなく生きていくほうが精神的にずっと楽。



