驚き呆れて、咄嗟に言葉が出なかった。
 力が抜けて床にへたり込む。

「……もういい。出てってよ」

 あまりの身勝手さに腹が立つのと、理解出来ない恐怖が混在(こんざい)していた。

 彼とは分かり合えない。
 改めてそう思う。

「ちょっと待って。本気で自分は悪くないと思ってるの?」

 そう言った十和くんが不思議そうな顔で首を傾げた。

「え……?」

「何でこうなったかまったく分かってないんだね。自分のことは棚に上げてさ」

 困惑して彼の目を見据えたまま、ふるふると首を横に振る。

「だって……わたし、悪くない」

 そのはずなのに、どうしてか言っていて不安になってくる。

「ううん、そんなことないよね。じゃなきゃ俺が手上げるわけないじゃん」

「でも……」

 反論しようとしたのに出来なかった。

 そうかもしれない、と思ってしまった。

 だって、今の彼の言葉は間違っていない。

 実際にわたしが何か仕出(しで)かさない限り、彼が暴力を振るうことはなかった。

 ()さ晴らしとか快楽とか、そんなもののために傷つけられたことは確かにない。

(……忘れてた)

 笑顔には笑顔が、優しさには優しさが返ってくる。
 わたしたちは鏡なんだった。

 嘘には嘘が、痛みには痛みが返ってきたに過ぎないんだ。

「そっか……」

「そう、芽依が悪いんだよ。傷が痛いのもご飯が冷たいのも寝床(ねどこ)が硬いのも、ぜーんぶ芽依が招いた結果。分かってくれた?」

 十和くんは柔らかく微笑み、優しい眼差しを注ぐ。

(……確かにそうだね)

 傷が(うず)くたび、可能性を考えた。
 あのとき部屋から出たりしなければ────もっとマシな生活になっていたはずだ。

 布団も人権も失わずに済んだ。
 手錠も外れていただろう。

(そう……。確かにわたしが手放した)

 十和くんの信用を裏切った。

 我慢を重ねて築き上げてきたものが、砂上(さじょう)楼閣(ろうかく)だったと自ら証明してしまった。

 彼の言葉には頷くほかない。



「だったら、何か言うことあるんじゃない?」

 優しく促され、わたしはそっと顔を上げる。

「……ごめん、なさい」

 十和くんは満足そうに笑みを深めた。

 わたしの頭に手を伸ばす。
 つい(ひる)んで身を縮めたが、痛みなんて訪れなかった。

「よく出来ました」

 ほっとするほどあたたかい手に撫でられる。
 あんなにまとわりついてきていた嫌悪感は不思議と湧かない。

 ややあって、彼が少しだけ俯いた。

「……だからって俺もちょっとやり過ぎたね。ごめん」

 行き過ぎた罰ではあったと思うが、わたしに(とが)める権利はそもそもないのだ。
 これで許してくれた、ということだろうか。

「十和くんが謝る必要ないよ」

「そう? でも痛かったでしょ」

「それはそうだけど」

 痛かったし、苦しかった。
 ということは、十和くんも同じ思いをしたのだろう。