十和くんは勝ち誇ったように笑う。

「ほらね。お仕置き、必要でしょ? ふたりで仲良くやってくためには、駄目なことは駄目って分かんないとさ」

 ────すべてが彼の(てのひら)の上だった。

 こうなった以上、失うものなんて何もない。
 分かってしまえば、(いさぎよ)く割り切ることが出来た。

「……いい加減にしてよ。十和くんに傷つけられる筋合いなんてない」

 一度、おさえ込んでいた感情や鬱憤(うっぷん)を吐き出してしまうと、止まらなくなった。

「もうこれ以上、あなたのわがままになんか付き合ってられない。こんなとこいたくない。一緒にいたくない!」

 彼が何を言おうが、所詮(しょせん)は犯罪者のたわ言だ。

 そんなものに真剣に耳を傾けるなんて、きっとどうかしていた。

「わたしが好きなのは先生だから。何を言われようとこれだけは変わらない。あんたなんか好きになるわけな────」

 言い終わらないうちに頬に衝撃が走り、再び床に倒れ込んだ。
 唇の端がひりひりと熱い。切れたかもしれない。

 それでも怯むことなく見上げた。
 彼は心底不愉快そうな顔で苛立ちを(あらわ)にしていた。

「……そうやって、気に入らないことはぜんぶ拒絶するんだね。いつもいつも、わたしの言うことは最後まで聞かないで」

 自分にとって都合が悪いから、強制的にシャットアウトするのだ。

 見たくないものから目を背け、聞きたくなければ耳を塞ぎ、相手を恐怖で支配して思い通りにしようとする。

「ただ自分勝手で幼稚(ようち)なだけ……。何も怖くない!」

 十和くんの眉頭(びとう)に力が込もった。
 すぐそばに屈み、乱暴にわたしの髪を掴む。

「……っ」

「あーあ、ほんと生意気」

 怒気を(はら)んだ低い声に気圧(けお)されそうになる。
 今までで一番、怒っていた。

「怖いもの知らずなのかな。それともただ頭が悪いだけ?」

 髪が引っ張られ、頭が痛い。
 泣きたくないのに涙が滲んだ。

(悔しい……)

 痛みのせいであっても、涙は彼を(よろこ)ばせるだけだと分かっているのに。

 わたしは無力で、抗うことさえまともに出来ない。
 十和くんを責めたって、結局はその倒錯(とうさく)的な愛の犠牲になるだけ。

「まぁいいや、どっちでも。分からせればいいだけだもんね」

 ささやかな抵抗など、痛くも痒くもないのだろう。
 非難するような言葉も、ちっとも響いていない。

「……ってことで。お仕置き、しよっか?」

 いつもの調子に戻った彼が嬉しそうに微笑んだ。
 ……目の前が真っ暗になったような気がした。