特別、という言葉に思わず手が止まる。
誤魔化すように笑った。
「十和くんなら、バレンタインに毎年たくさんもらってるんじゃないの?」
「まあね。でも、好きな人からじゃなきゃ意味ないし」
こともなげに肯定されたものの、自慢や嫌味といった言い方ではなかった。
キッチンの方へ回り込んでくると、わたしを囲うように台に手をつく。
「……十和くん?」
「好きな人にもあげてたの?」
すぐ耳元で聞こえた声は普段より低くて、どことなくつまらなそうだった。
「う、ん。……特別なやつ」
それでも直接渡す勇気はなくて、先生のシューズロッカーにこっそり忍ばせていただけ。
もしかすると、食べてもらえずに捨てられていたかもしれない。
そんなことを考えていると、十和くんが「はぁ」と大げさにため息をついた。
「……ねぇ、わざと?」
「えっ」
「何でそんな正直に答えるかな……。俺をからかってるつもり?」
するりと腰のあたりに回された腕に驚いたものの、剥がそうにも動かない。
「ちょ……」
「我慢の限界超えたら、俺なにするか分かんないよ」
恨みがましいような目線を寄越されて、思わず小さく笑った。
「それって、やきもち?」
「……言わないでよ、俺が小さい奴みたいじゃん。恥ずかしい」
肩口に顔を伏せた彼にますます笑ってしまう。
何だか愛くるしいような憎めない気持ちが募って、心が満たされていった。
ぽんぽん、ともたげた手で頭を撫でてみる。
新鮮さを感じていると、ふいにその手を掴まれた。
身体を起こした十和くんが正面で向き直る。
いつもみたいに抱き締められるか、今朝みたいにキスされるかと思った。
けれど、彼は口をつぐんだまま。
その瞳が惑うように揺れて、わたしの手を掴んでいた力が緩んでいく。
「……ごめんね」
弱気な声と痛ましげな表情に戸惑った。
「俺、取り返しのつかないことした」
彼の手がわたしの頬を撫でる。
壊れものにでも触れるみたいな、繊細で優しい指先。
「え?」
「芽依のことが好きで、大事で。だからきみがよそ見してるのも、分かってくれないのも許せなくて」
目を伏せた十和くんが言葉を繋ぐ。
「でもさ、ちゃんと分かってるんだよ。俺のやってること……犯罪だって」
どきりと心臓が重たげな音を刻む。
わたしたちの事情なんて関係ない。
確かに彼のしたことは、客観的に見れば犯罪にほかならない。
このふたりきりの生活はそもそも異常で、脆く危うい土台の上に成り立っている。
「いつか終わるんだよね。……夢みたいに」



