ドアへと歩み寄った。
 その鍵の部分にフォークのお尻側を当てる。
 思った通り、隙間にぴったりはまった。

(やった!)

 ひねるように動かすと、かちゃんと音がする。

「開いた……」

 表示が赤から青へと変わった。

 はやる気持ちで取っ手に手をかけて引くと、何の抵抗もなくすんなりと開く。

「…………」

 家の中は静まり返っていた。
 自分の鼓動と呼吸の音がすぐ耳元で聞こえる気がした。

 万が一にでも彼が戻ってくる可能性を考慮して、そっと慎重に動いた。

 こんな機会、最初で最後だと思う。
 慎重に慎重を重ねるくらいでちょうどいい。

(やっぱり電話を探そう)

 もし本当に十和くんが戻ってくるようなことがあっても、通報しておけばわたしは助かる。

 自力での脱出に失敗したときの保険が必要だ。

(どこにあるだろう……?)

 彷徨(さまよ)うように歩く。

 一度ほとんど家中を歩き回ったとはいえ、あのときは暗かったし必死だったから、間取りを完璧に把握出来ているわけではない。

 わたしが知っているのはあの監禁部屋とお手洗い、洗面所の位置関係くらいだ。

 廊下を進み、奥にあるドアを適当に開けた。

(リビング?)

 ソファーやローテーブル、テレビなんかが置いてある。
 きちんと整頓(せいとん)されている上に掃除が行き届いており、洗練された印象を受けた。

 この家は全体的にそんな感じだ。
 十和くんは意外と几帳面(きちょうめん)らしい。

「!!」

 一歩足を踏み入れ、はっとした。

 ソファーの影になっていたところに、鞄が置かれているのが見えた。

 焦げ茶色の革製。
 チャームにも見覚えがある。

(わたしの!)

 思わず駆け寄った。
 確かめるように触れてみる。
 外側のポケットには何も入っていない。

 素早くファスナーを開けて中を見た。
 教科書やノートはあの日と変わらないままそこで眠っている。

 ペンケースやポーチをどけると、目当てのものが姿を現した。

 どくん、と心臓が深く沈み込む。

「あった……」

 そっとスマホを手に取った。
 久しぶりに触れたが、すぐに手に馴染んだ。

 バッテリーは残っているだろうか。
 とりあえず電源ボタンを長押ししてみる。

(早くついて!)

  1秒が永遠のように感じられた。
 静寂が突き刺さる。心臓がばくばくと暴れて騒ぐ。

(これで、もう……)

 こんな場所ともお別れだ。

 怖くて痛い、色()せた非日常の異空間。
 十和くんの狂愛から、やっと解放される。

 真っ暗だった液晶画面が白く光った。
 その瞬間────。



「何してるの?」