そこまで考え、はたと気が付く。
「そうじゃない」
彼の信頼を得るときを、彼の許しを、待っている必要なんてない。
わたしの足はもう自由だ。
十和くんのいないタイミングを見計らって、勝手にこの部屋から出てしまえばいいんだ。
わたしはドアへ寄り、その場に屈んだ。
(これさえ開けば……)
鍵をじっと見つめる。
施錠状態を示す赤色だ。
家の中だからか、玄関や窓に比べて簡易的なものであるように感じた。
開けるのにも閉めるのにも鍵のいらない、つまみを回すだけのもの。
こちらからでも、硬貨やマイナスドライバーなんかがあれば開けられそうだ。
(でも……そんなことは十和くんだって百も承知だよね)
だからそういうアイテムは、絶対に手に出来ないようにしているはずだ。
布団なんかとは違って、彼に要求するのも不自然だし。
何かいい方法はないだろうか。
わたしは思考を巡らせながら、指先で鍵の凹凸に触れてみる。
(この隙間にはめ込んで回せそうなもの……)
それでいて、この部屋に持ち込めそうなもの。
彼に頼んでも怪しまれたりしないもの。
(何なら許してくれるだろう?)
彼が持ってきてくれるのは、だいたいコンビニで買った食べものや飲みものだ。
その中には、硬貨なんかの代わりになりそうなものはない。
「あ、でも!」
はっとして顔を上げる。
あのとき……、初めておにぎり以外のご飯を買ってきてくれたとき。
パスタを食べるのにフォークを使った。
「フォークなら開けられるかもしれない」
彼に願い出るのも自然だし、簡単だ。
適当な理由をつけて要求してみよう。
試してみる価値はある。
*
日が暮れて夜になると、十和くんが夕食を運んできてくれた。
今日はハンバーグのようだ。
しかも、コンビニで買ってきたものではなさそう。
プラスチックの容器ではなくちゃんとプレートの上に載っているし、サラダまでよそってくれている。
「いいにおい。もしかして、十和くんが?」
「うん、そう。口に合うか分かんないけど」
彼はどことなく照れくさそうに言いながら、わたしの前に置いた。
こんがりと焼き目のついたハンバーグにデミグラスソースがかかかっている。
立ち上る湯気まで香ばしいような気がした。
「美味しそう」
媚びるためにお世辞を言ったわけではなく、純粋にこぼれた一言だった。
(十和くん、料理出来るんだ)
一人暮らしだから仕方なく、という消極的な雰囲気はない。
もしかすると、もともと料理好きなのかも。
「はい、どーぞ。これ使って」
そう言って渡されたのは割り箸だった。
受け取ろうと反射的に伸ばしかけた手が止まる。