目が覚めたとき、身体が痛くなかったのは久々のことだった。

 お陰で十和くんがドアをノックするまで朝の訪れに気が付かなかった。

 いくら扱いが改善したと言っても、身体はすっかり疲弊(ひへい)していて、夢も見ないほど熟睡していた。



「おはよ。よく眠れた?」

 ドアから顔を覗かせた彼の清々しい笑顔が眩しい。
 わたしは布団を(めく)ってゆっくりと身体を起こした。

「おはよう……」

 何だかいつもより窮屈(きゅうくつ)な感じがしなくて、そういえば両足の拘束を解いてもらえたことを思い出す。

 手錠は食事のときだけ外して貰えるみたいだった。
 それでも充分な進歩だ。

 お風呂も毎日許されたから、傷の治りも早くなっていた。

 ────脚を切り刻まれて以来、彼から直接的な暴力は受けていない。

 待遇の向上といい、わたしの作戦が(こう)(そう)したのだと思う。



 顔を洗ってから部屋へ戻ると、十和くんが朝食を運んできてくれていた。

 甘くて香ばしい、いいにおいがする。

「……はちみつ?」

「そう、はちみつトーストだよ。昼は用意出来ないから2枚焼いといた。冷めちゃうけど」

 十和くんが肩をすくめるのを見て、わたしは首を左右に振った。

「充分だよ、本当にありがとう。わがまま言ってごめんね」

 そう言って眉を下げると、彼は穏やかに笑う。

「ううん、俺が我慢させてただけ。……まあ、まださせちゃってるんだけどねー」

 伸びてきた手がわたしの手錠に触れた。
 ちゃり、と鎖が鳴る。

 “まだ”ということは、これも足首の拘束のように常時(じょうじ)外れる可能性があるのかもしれない。

「でもさ、恋って障害がある方が燃えるって言うじゃん。そのための演出ってことで」

 冗談めかした言い方の割にその視線は真剣で、つい見入るように見つめてしまった。

 そのうち、くすりと笑って彼は離れる。

「じゃあね、芽依。行ってきまーす」

 呼び方が変わったことに気付いて驚き、咄嗟に反応出来なかった。

 でも“行ってらっしゃい”と返す前に、十和くんは部屋から出ていってしまう。
 ほどなくして玄関ドアの開閉音がした。



「…………」

 先ほどの彼に、普段くらいの余裕はなさそうだった。

 ふ、と小さく笑みがこぼれる。
 もしかすると、照れていたのかもしれない。

 わたしの場合はなし崩し的に彼を名前で呼び始めたものの、呼び方を変えるのには勇気がいるものだから。