スイート×トキシック


 わたしとテーブルの上を見比べて「あれ」とこぼす。

「お腹すいてたんじゃなかったの? 食べててよかったのに」

「十和くんと一緒に食べたくて待ってたの」

 強張る頬を持ち上げて笑うと、どこか嬉しそうな笑顔が返ってくる。

「何それ。かわいいなぁ、もう」

 嘘や取り繕った態度には、もう罪悪感なんて生まれない。
 自分の身を守る唯一の手段なのだから。

 ラグの上に腰を下ろした十和くんの手が、ふいにこちらへ伸びてきた。

 指先で右側の髪をすくい上げて耳にかけてくれる。
 はっとしている間に反対側もそうしてくれた。

「あ、ありがとう……」

 その仕草があまりに優しくて驚いてしまった。
 雪の結晶や小さな花びらに触れるみたいに、慈しむように丁寧で。

 いまになって、少しどきどきしてきた。
 “好き”という言葉の重みが増す。

 十和くんの目にはわたしが、わたしだけが映っているのかもしれない。
 わたしが先生だけを見ていても。

「この時間がずっと続けばいいのにな」

 ぽつりと彼が呟く。
 それは単にいまこの瞬間の話じゃなくて、ふたりきりの時間が、という意味だと思った。

 (しん)に願うような切なげな声色は、いつか終わりが来ることを悟っているようだ。

 本当はとっくに分かっているのかもしれない。
 自分の行動が間違っているということも、誘拐や監禁が犯罪だということも。

「……そうだね」

 気づけばわたしはそう返していた。
 ────そんなわけがないのに。



 いつものようにふたりで夕食をとりながら、他愛もない話をする。

「今日は学校どうだった?」

 何気なく聞いたつもりだったけれど、彼ははたと動きを止めた。

「……なに? 外のことが気になるの?」

「ち、ちがうよ! そういう意味じゃなくて」

 少し低められた声に焦って、慌てて首を横に振った。

 “そういう意味”では確かにないものの、言葉通りの意味でもない。
 明日が休日なのかどうかを探りたかった。

 逃げ出す作戦を実行するのは、できるだけ早い方がいい。

 ここからさっさと逃げ出したいという気持ちだけじゃなくて、フォークを手元に置いておくのは危険だから。

 時間をかけるほど1本足りないことに気づかれてしまうリスクが上がる。
 あるいはふいに見つかってしまうかもしれない。

 だけど、明日が休日なら実行できない。
 逃げ出すには、十和くんが家を空けることが前提だ。

「じゃあ、なに?」

「えっと……気になっただけ。十和くんのこと、もっと知りたいから」

「へぇ、俺に興味なんてあるんだ」

 彼の声色は冷めていて、どこか嘲るようでもあった。

(どうして……?)

 ついさっきまであんなに優しい顔をしていたくせに。
 焼きついて離れない苦痛や恐怖の記憶も忘れるほど。