彼を抱きとめるように、その背中に手を添えた。
「このまま、好きでいていい?」
そう尋ねられて、思わず小さく笑う。
「だめって……言わせてくれるの?」
聞き返すと、彼がふるふると首を横に振った。
「やだ。……もう止められないし、やめらんない」
わずかに掠れた声は普段より低かった。
肩に顎を載せて体重を預けてくる。
迷子の犬みたいでも、気まぐれな猫みたいでもあって、やっぱり掴みどころがない。
(もしかしたら────)
わたしの心を得られるという自信は、不安の裏返しだったのかもしれない。
“好き”が高じて誘拐や監禁なんていう特異な行動に出て、もうあとには引けなくなって。
自分が間違っていないことを証明するには、わたしを好きにさせるしかなくて。
ふと、十和くんがわたしを離した。
愛しむような眼差しを残したまま、やんわりと笑う。
(あ……)
何だか、似ていた。
先生の優しい笑顔と。
(……そんなわけない)
目を覚まさなきゃ。
彼に対する感情なんて、ぜんぶまやかしなんだから。
ほだされて騙されたら、甘い毒が回ってしまう。
────ケーキを食べ終わった頃、意を決して「ねぇ」と呼びかけた。
「あの、ね。お願いがあって」
「なに?」
首を傾けた十和くんの笑顔は、何だかこれまでとはちがって感じられた。
いままではいつもどこか隙のなさがあったのに。
「本とか色々持ってきてくれるのは嬉しいんだけど、もうぜんぶ読み終わっちゃって暇なの。だから、できればもっとほかに……何かないかなって」
「んー、たとえば?」
「……パソコン、とか。テレビ……とか?」
さすがに“スマホ”とまでは言えなかったけれど、それでも口にするには勇気を要した。
彼の意に反することは分かっていて、だめもとだから。
反感を買ったらすべてが振り出しに戻る。
「悪いけど、それはだめ」
「でも……」
「だめ」
きっぱりと言いきった十和くんに気圧されて口をつぐむ。
すると、伸びてきた手が頭を撫でるように添えられた。
「ごめんね、俺も早く帰ってくるようにするからさ。ちょっとだけ我慢できる?」
「……分かった」
少し意外に思いながらも頷くと、いっそう笑みを深める十和くん。
以前までなら怖くて口にすることさえできなかったわがままだけれど、いまの彼は随分と寛容的だった。
拒むにしても怒ったり手を上げたりすることなく、穏やかな態度を崩さない。
「いい子だね、芽依。ちゃんと俺の言うこと聞けるようになったんだ」
十和くんが愛おしむようにわたしの頬を撫でると、指先の温もりがほどけるように消えていく。
「…………」



