(このまま、十和くんの信頼を得られたら────)
そこまで考え、はたと思い直す。
「そうじゃない」
彼の信頼を得るときを、彼の許しを、待っている必要なんてない。
わたしの足はもう自由だ。
十和くんのいないタイミングを見計らって、勝手にこの部屋から出てしまえばいいんだ。
(これさえ開けば……)
鍵をじっと見つめる。
施錠状態を示す赤色。
家の中のドアだからか、玄関や窓に比べて簡易的なものであるように感じた。
開けるのにも閉めるのにも鍵のいらない、つまみを回すだけのもの。
こちらからでも、硬貨やマイナスドライバーなんかがあれば開けられそうだ。
(でも……そんなことは十和くんだって百も承知だよね)
だからそういうアイテムは、絶対に手にできないようにしているはず。
彼に要求するのも不自然だし。
「何かいい方法ないかな」
思考を巡らせながら、指先で鍵の凹凸に触れてみる。
(この隙間にはめ込んで回せそうなもの……)
それでいて、この部屋に持ち込めそうなもの。
彼に頼んでも怪しまれたりしないもの。
(何なら許してくれるだろう?)
十和くんが持ってきてくれるのは、だいたいコンビニで買った食べものや飲みものだ。
その中には、硬貨なんかの代わりになりそうなものはない。
「あ、でも!」
はっとして顔を上げる。
初めてサンドイッチ以外のご飯を買ってきてくれたとき、パスタを食べるのにフォークを使った。
「フォークなら開けられるかも」
彼に願い出るのも自然だし、簡単だ。
適当な理由をつけて要求してみよう。
試してみる価値はある。
日が暮れて夜になると、十和くんが夕食を運んできてくれた。
今日はハンバーグみたいだ。
しかも、いつものように買ってきたものというわけではなさそう。
プラスチックの容器ではなくちゃんとプレートに載っているし、サラダまでよそってくれている。
「いいにおい。もしかして、十和くんが?」
「うん、そう。口に合うか分かんないけど」
どことなく照れくさそうに言いながら、テーブルの上に置いた。
こんがりと焼き目のついたハンバーグにデミグラスソースがかかかっている。
立ち上る湯気まで香ばしいような気がした。
「美味しそう」
媚びるためにお世辞を言ったわけではなく、純粋にこぼれたひとことだった。
(十和くん、料理できるんだ)
ひとり暮らしだから仕方なく、という消極的な雰囲気はない。
もしかすると、もともと料理が好きなのかも。
「はい、どうぞ。これ使って」
そう言って渡されたのは割り箸だった。
受け取ろうと反射的に伸ばしかけた手が止まる。
「……あの、お願いがあるんだけど」



