もう2日もお風呂に入れていないし、それを願い出るのも不自然じゃない気がする。

(今夜、頼んでみよう)

 拘束を解いて貰ったら、振り切って逃げる。

 悠長(ゆうちょう)なことを言っている余裕はないし、慎重になっている暇もない。

 この家から出てしまえばいいだけなのだ。
 そうすれば助かるはずだから。

 その後のことなんて考えなくていい。
 今はただそれだけを目標に(あらが)うしかない。

 殺されてからでは遅いのだ。

 死んじゃったら、もう先生に会えなくなる────それだけは嫌だから。



*



 わびしい夕食を終え、お手洗いへ連れ出すために朝倉くんが来たとき、わたしは決めていた通りに切り出した。

「お願いがあるんだけど……」

「ん? なーに?」

 彼は機嫌よさげに微笑みながら首を傾げる。
 わたしが大人しくしているから、油断しているに違いない。

「お風呂に入りたいの」

 単刀直入に言った。

 それについて彼がどう出るか分からないから、無駄に回りくどい言い方をする必要はないと思った。

「お風呂? いいよ」

 思いのほかあっさりと許され、拍子抜けしてしまう。

「え、本当?」

「うん、俺が洗ってあげるから」

 思わず、眉根に力が込もる。

 開きかけた希望の扉が一瞬にして目の前で閉まったような気がした。

 そんなの死んでもお断りだ。
 ……死んでも、なんてたとえでだって口にしたくないけれど。

「い、いい! 大丈夫」

 ぶんぶんと慌てて首を左右に振った。
 あまりに不愉快で、血の気が引いていく。

「えー、そう? 残念だなぁ」

 冗談なのか本気なのか分からない彼の飄々とした態度は、こういうときに困る。

 どちらにしたって、わたしの嫌悪感を煽るには充分だった。

「ま、とりあえずお手洗い行っとこっか」



 視界を奪われた代わりに足の自由を得て、朝倉くんに手を引かれながら廊下を歩いていた。

 触れられた指先が熱を帯びると、それだけで肌が粟立った。

 わたしじゃない誰かの、朝倉くんの温もりが浸透してくるだけで、気分が悪くなってくる。