いずれにしても、抜け出すチャンスはある。

 一人暮らしなら、彼が学校へ行っている間は監視の目もなく隙だらけだ。

 朝倉くんにとって想定外の出来事が起きたとしても、すぐに手を打つことも出来ない。



 わたしは這うように移動し、カーテンの下から磨りガラスの窓を見上げた。
 白く淡い光がこぼれている。

 先ほどのように目を閉じ、音を拾うことに集中してみる。

 ……。
 …………。
 ………………。

 ふっと目を開けた。
 かちゃ、と手錠が甲高く鳴る。

「うそ……」

 先ほどの倍かそれ以上の時間、ずっと耳を澄ませていた。
 それなのに、物音ひとつ聞こえてこなかったのだ。

 この部屋に防音対策が施されているのかな。
 外からの音も聞こえないほどの……?
 あるいは単に人通りも車通りもないだけ?

 不安を募らせながらも、わたしはもう一度這うようにドアの方へ向かった。

 当たり前と言えばそうだけれど、取っ手を下げても開かない。
 鍵がかけられていた。

「え……?」

 おかしなものだった。

 内側であるはずのこちらから、施錠状態を示す赤色の表示が見えている。

 廊下側からしか施錠も解錠も出来ないようだ。

 こんな奇妙な構造があるだろうか。
 明らかに不自然だ。

 ぞっとした。

 “誰かを閉じ込めるため”という理由と目的であれば、説明がついてしまう事実に────。



*



「……ん、芽依ちゃん」

 穏やかな声に名を呼ばれ、うっすらと目を開ける。

 張り詰めていた疲れや夜のうちに寝られなかったことも相まって、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

「……!」

 意識が覚醒しきらないうちに置かれた状況を思い出し、はっと勢いよく起き上がる。

 目の前に朝倉くんがいた。

「わ、たし……」

「ただいまー」

 ぎゅう、と抱き締められる。
 突然のことに息が止まるかと思った。

 爽やかなシトラスみたいな、柔軟剤の香りがほのかに漂う。
 いいにおいがした。柔らかくて優しい。

 触れる温もりが、のしかかる重みが、図らずもわたしの中に巣食(すく)っていた“孤独”という感情を溶かしてくれる。

 困惑した。
 どく、と心臓が沈み込むように鳴る。

(え? わたし、今……)

 ほっとしてるの?
 まさか、こんな奴に?