はっとした芽依の顔に色が戻った。

「はい……!」

 颯真に手招きされ、勢いよく立ち上がった彼女は教卓の方へ駆けていく。

「今日、日直だよな。悪い、朝渡すの忘れてた」

 そう言って、颯真は何かを差し出した。
 学級日誌だ。

「頼む」

「……はい」

 颯真の微笑を受けた芽依が嬉しそうにはにかむ。
 さっきまでの形相(ぎょうそう)が嘘みたいだ。

 俺は頬杖をついたままふたりを眺め、つまらなさを感じていた。

(……分かりやす)

 芽依はころころ変わる感情をまったく隠せないようだ。

 学級日誌を大事そうに抱えて戻ってきた彼女に声をかける。

「ねぇ、芽依ちゃん。ノート貸して」

「また? 何の?」

 すっかりご機嫌らしい。
 無駄ににこにこしている。

「現代文と日本史」

「えっと、ちょっと待ってね」

 机の中を漁り、2冊のノートを渡してくれる。

「寝てたもんね。返すの今日じゃなくてもいいよ」

「ほんと?」

「うん、無理しないで」

 労るように微笑まれる。

 “敵”じゃなければ優しいんだよなぁ、なんて思う。

(ま、俺もそうだけど)

 俺の本心を知ったら、芽依はどんな顔をするんだろう。



 ────その日から俺は彼女をマークするようになった。
 情報収集と、颯真を守る目的で。

 放課後、教室のある3階廊下の窓から中庭を見下ろした。
 芽依が出ていったのが分かったからだ。

(何するんだろ)

 隠れるみたいに木の傍らに立っている。
 こちら側からは丸見えだけれど。

 視線の先にあるのは、職員室前の廊下?
 窓越しに颯真の姿が見えた。

(え、まさか……)

 取り出したスマホを一瞬だけ、隠すように器用に構える。
 すぐにしまい、満足したように校舎内へ戻っていった。

(へぇ、ああやって撮ってたんだ)

 かなり手馴れているように見える。

 あのスマホ、今すぐ叩き割ってやりたい。
 そんな衝動をこらえつつ、彼女を追って俺も移動した。



 職員玄関の前で柱の影に隠れる。
 芽依の姿はやっぱりそこにあった。

 きょろきょろと周囲を見回してから颯真のシューズロッカーを開け、封筒を入れる。
 その一連の動作に迷いはなかった。

 見つかることを避けたいらしく、そそくさと退散していった。

(今日はどんなプレゼントかなぁ)

 人目を(はばか)りつつ、俺も颯真のシューズロッカーを開ける。
 封筒を取り出してポケットにしまうと、そのまま帰路についた。

 道中、封を破って中身を見てみた。
 また写真かとも思ったが、予想を大きく裏切るものが入っていた。

「爪……?」

 三日月型の細々(こまごま)とした白い破片。
 ぞっと背筋が寒くなった。

(颯真のこと、好きなんだよね……?)

 何でこんなに気味の悪いことをするんだろう。
 異常だと言わざるを得ない。

(颯真が見る前に回収出来てよかった)

 ぐしゃ、と封筒を握り潰す。

 理解は出来ないが、一途ではあるのだろうと分かる。
 粘り強いというか、凄い執着だ。執念が深すぎる。