『紗奈から連絡あった?』

 焦燥(しょうそう)を隠しきれていない、不安に満ちた声色だ。

「いや」

『そっか、わたしにもまだ。……大丈夫かな』

「そうだな……」

 生返事に(いきどお)ったのか、一瞬電話口の向こうが静かになる。

『何それ。心配じゃないの?』

「心配だけど────」

 急に連絡を絶つなんて確かに不自然ではある。
 その身を案じるのも分かる。

 しかし、彼女は別に子どもではない。

 それに俺たちは確かに友人関係にあるが、毎日顔を合わせているわけではないのだ。

 本人にしか分からない事情があっても何らおかしくはない。
 無闇に踏み込んでいいものか、簡単には判断出来ない。

『だったら一緒に捜そうよ』

「え? 何でそうなるんだよ」

 戸惑って反論したものの、彼女は聞く耳を持たなかった。

『とりあえず紗奈の家行こう。迎えに行くね』

「おい────」

 一方的に通話を切られた。

 そう言われた以上、俺は家に帰るしかない。
 穂乃香を放って、それこそその身に何かあったら俺のせいだ。

 ダイニングへ戻り、素早く上着を羽織った。

「あれ? もう帰っちゃうの?」

「悪い、十和。ちょっと急用が入った」

「えー、でもまだ全然食べてないのに……」

 彼は眉を寄せ、不満気な顔をする。

 せっかく作ってくれたものを、俺としても申し訳なく心苦しい。

「本当にごめんな。また来る」

 (なだ)めるようにその頭を撫でる。
 つい幼い頃のくせでやってしまった。

 怒るかと思ったが、十和はほんのり嬉しそうに「分かった」と頷いてくれた。



*



 家の前へ着くと、既に穂乃香がいた。
 心なしかこの前よりやつれているように見える。

 顔色は悪く、小花柄のワンピースから伸びる手足さえ青白いような気がした。

 車から降りた俺に、彼女は「颯真」と呼びかけながら歩み寄ってくる。

海斗(かいと)は?」

 この間会ったもうひとりの友人について尋ねる。
 てっきり彼にも声をかけているかと思っていたが。

「残業だって。わたしたちだけでも行こう」

 強く手を引かれ、その冷たさに驚いた。

「待て」

 足に力を込め、抵抗する。
 振り向いた瞳は不安そうに揺らいでいた。

「そう先走るな。紗奈は自分の意思で連絡を絶ってるかもしれないだろ」

「違う」

 はっきりと彼女は言いきる。
 俯くと、暗色の髪がはらはらと肩からこぼれ落ちた。