彼という存在やその気持ちを受け入れたのは、わたしが初めてだったのかもしれない。

 誘拐や監禁、暴力、殺人という行為までもを許容することはさすがに出来ないけれど。

「でも……決めた」

 信じるとか信じないとか、そういう次元の話では最早ないのだ。

 もう十和くんを恐れたりしない。

 わたしは彼を好きになった。心を通わせた。
 同じ想いを抱きながら、ふたりで生きていくことを選んだのだ。

 望み通りの展開になったのだから、十和くんにもわたしを殺す理由はなくなったはず。

(あの袋の中身は……保険?)

 わたしが彼を拒んでいたら、そのときは実際に手を下されていたかもしれない。
 そうなったときのために用意していたのかも。

「明日、ぜんぶ話してくれないかな……」

 わたしも秘めていた思いの(たけ)を伝えるから、十和くんも自分の言葉で秘密を打ち明けて欲しい。

 受け入れるから。
 何があっても、どんな真実でも、どんな結末でも受け止めるから。
 わたしも一緒に十字架を背負っていくから。

(そしたら、どんな不安も障害もなくなるよね?)

 ふたりきりの世界で、誰にも邪魔されることなく生きていけるよね────。



*



 一夜明け、わたしは自分の制服に着替えることにした。
 ブラウスに袖を通し、スカートを履く。胸元でリボンを留める。

 それから再びクローゼットを開けた。

 ハンガーのまま、かけられている服を床に落としていく。
 (またた)く間に小さな山が出来上がった。

「……何してるの?」

 開けっ放しになっていたドアの戸枠部分から、十和くんが声をかけてきた。

「捨てて欲しいの、これぜんぶ」

「え、でも芽依のために────」

 困惑気味に部屋へ足を踏み入れてくる。

「いいから、もう。そんな嘘つかないで」

 はっきりそう言ってのけると、彼は驚いたような顔をした。
 すぐに力を抜き、やわく笑う。

「……そっか、そうだよね。もう分かってるよね」

 ……分かっている。
 これらは彼の罪の証。

 しかし、わたしには最早その罪を立証する気なんてなかった。
 捕まって欲しくない、と切に思う。

 何より過去の恋を早く忘れて欲しかった。
 自分以外の女の子の気配と共存するなんて耐えられない。

「お願いがあるの」

「なに?」

 これまで何度そう言っただろう。
 ただの一度も、十和くんが嫌な顔をしたことはない。

「わたしに似合う服を買ってきてくれない? 十和くんに選んで欲しいんだ」

 これからはわたしがいる。
 そばにいるのはわたしだけでいい。

 彼を傷つける負の連鎖は、わたしが断ち切ってあげるから。