気付いたら目の前が歪んでいた。
 ぽろ、と熱い雫が血の気のない肌を伝い落ちていく。

(……苦しい)

 自ら望んで彼を選んだ。ここへ留まった。
 なのに、どうしてこんなに辛いんだろう。

 彼のことを何ひとつ知れなくても平気だと思っていた。
 この想いさえあれば。愛して貰えさえすれば。

(そんなことなかったんだ)

 彼はわたしのことなら何でも知っていると言う。
 でも、わたしは……?

 本質的なことは何ひとつ教えてくれない。
 学校でも、ここへ来てからもそうだ。

 十和くんは、何か大事なことを隠している。

 ────恐怖心は“分からないから”湧くものだと気が付いた。
 十和くんのやんわりとした、だけど鋭い拒絶は、わたしに知ることを許さない。

 だからずっと、恐怖が消えない。

 根本の部分をひっくり返せないから。
 信じたい気持ちも、好きという気持ちも、その上澄(うわず)みでしかないから。



「……大丈夫だよ、芽依。泣かないで」

 優しく背中を撫でてくれる。
 その感触や確かな存在感に安心してしまう。

「信じて、俺のこと」

 どくん、と心臓が跳ねた。
 瞳が揺らいだのが自分でも分かる。

「不安にさせてごめんね?」

 ゆるりと離れ、彼はまっすぐにわたしを見つめた。
 涙で光の粒が散って、何だか眩しい。

「好きだよ、芽依。大好き」

 何度も聞いた甘い告白。
 だけど、これほど心揺さぶられたのは初めてかもしれない。

 今、ただでさえ不安定なその心の隙間を埋めるように流れ込んでくる。
 心地よく浸透(しんとう)していく。

「ほかのことなんて何にも考えられないくらい、ほんとに好き。芽依のためならどんなことでも出来るよ」

 ……それも、嘘なのかな。

 簡単に流されたくなくて疑ってかかろうとしたけれど、どうしたってそんなふうには見えなかった。

「もう怖がらせたりしない。泣かせたりもしないから」

 頬を伝う涙を拭ってくれる。
 優しくて甘やかな、いつもの微笑みを向けられた。

「ずっとそばにいて、これからも。俺には芽依しかいないんだよ」