「……本当に具合悪そうだね。無理しなくていいよ、部屋で休みな?」

 わたしを窺った彼が言う。
 どうにか逃げられそうで内心ほっとしてしまった。

「ありがと……。ごめん、せっかく作ってくれたのに」

「気にしないで、芽依のためならまたいくらでも作ってあげるよ」

「…………」

 怖い。分からない。
 十和くんって、そんなふうに笑うっけ。

 何だか冷ややかで、ここへ来たばかりの頃に戻ってしまったみたい。
 お互いに思惑を隠していた、あの感じ。

 どうしてこう、駆け引きのようになってしまうのだろう。

 複雑な気持ちを抱えたまま、わたしは部屋へ戻った。



*



 布団の上に腰を下ろし、犬のぬいぐるみを抱き締める。
 小さく息をついた。

 ────十和くんにはきっと秘密がある。
 わたしに隠していることがある。

 彼との生活の中で覚えた違和感は、この段階になっても拭いきれていない。

(ちゃんと聞けばよかった)

 後がなくなる前に、聞いておくべきだった。

 “好き”という恋心だけで彼を全面的に信頼することは出来ない。
 それだけじゃすべてを受け入れる理由にはならない。

 そのことに、もっと早く気付かなきゃいけなかった。

(違う……)

 気付いていたはずだったけれど、見ないふりをしていたんだ。

 想いさえあれば、それが何もかもを凌駕(りょうが)してくれると思っていた。十和くんみたいに。

 彼は確かにそうだった。
 わたしへのひたむきな想いが、罪悪感や倫理観さえ超えてしまっていた。
 だから誘拐や監禁にまで及べたのだ。

 わたしだって十和くんのことが好きなのに、それは間違いないのに、彼ほど一辺倒(いっぺんとう)にはなれない。
 ほかのすべてを犠牲には出来ない。



「ねぇ、何を隠してるの……?」

 直接尋ねる勇気はなくて、代わりにぬいぐるみに聞いてみる。
 当然答えなんて返ってこないけれど。

「信じていいの?」

 今さら怖気(おじけ)づく。
 不穏な状況がわたしの決意を嘲笑うから。

「十和くん……」

 泣きそうな気持ちで目を閉じる。

 自分の身に危機が迫っているかもしれないと気が付いて、否応(いやおう)なしに蘇ってきた。

 ワンピースに染み込んだ血、クローゼットにおさまっていた誰かのものだったはずの服、鋭い裁ちばさみの切っ先────。

 忘れたわけじゃない。
 あの夢だって。彼の嘘だって。

 一度は冷静に、ちゃんと考えたはず。
 もう一度、その(、、)可能性に向き合わなくちゃ。

 静かに目を開けた。

「十和くんは、人を殺したの……?」