再び辺りが閑散(かんさん)としてくる。
 彼のマンションの方へ近づいている。

 少しだけ肩から力が抜けた。
 深々と息をついてしまう。

「……どういうつもりだったの?」

「どう、って?」

「わたしが叫んだりしたらどうする気だったの」

 自分が十和くんの立場だったら、怖くてコンビニへなんて連れて行けない。
 外に出るだけで限界だろう。

 しかし、彼はあっけらかんとして笑っている。

「叫びたいなら叫んでいいよ」

「……逃げたり、したら」

「それが出来ないようにしたのは芽依の方でしょ」

 手錠で繋がったわたしたちの手をポケットから取り出して言う。

「俺も君も逃げられない。それとも、このまま警察でも行く?」

 挑発でもするかのような言い方。
 余裕のある表情。

 いつものずるい十和くんだ。
 わたしがそう出来ないことを知っていて聞いている。

「…………」

 眉根に力が込もる。
 ふい、と前を向いた。

 いつも通りの彼なのに、どこか別の雰囲気がある。

 最初にも思ったけれど、まるでわたしに裏切って欲しいみたいな。

(違うよね?)

 そんなわけがない、よね?
 さっき買ったスイーツを一緒に食べる約束だってした。

『君はさ……いなくならないでね。ずっと俺のそばにいて』

 そう言ったのは十和くんの方だ。
 今も、この先も、わたしを必要としてくれているはず。



「芽依は────」

 おもむろに彼が口を開く。
 ざわざわ、と胸の奥で不安感が渦巻いていた。

「あれでよかったの?」

 何のことを言っているのか、分からないわけがなかった。

 コンビニで助けを求めなかったこと。
 逃げ出せる、すべてを終わらせられる、最大の機会を棒に振ったこと。

「……っ!」

 反射的に怒ろうとした。
 強く息を吸ったけれど、言葉にならなかった。

 前を向いて唇を噛み締める。

「……ひどいよ、今さら……」

 わたしが離れられなくなってから、そんなふうに突き放すなんて。

 自分でそう仕向けておきながら。
 優しさで惑わしておきながら。

 ひたむきな恋心で捉えて、根深い愛を植えつけて。
 こうなることを望んでいたくせに。

 それともまた、試しているの?

 そうやって、逃げ出す選択が正しいかのような、そんな自由があるかのようなことを言っておいて、いざ本当にそうしたら“お仕置き”でもするつもりかな。