スイート×トキシック


 家出などの可能性もないわけではないし、余計な不安感を(あお)るかもしれないため、生徒に伝えるのは早計(そうけい)だとの意見を持つ教員もいた。

 だが、親御さんたっての申し出で事情を打ち明けることになったのだ。
 少しでも手がかりを得られるなら、と。

「誘拐……ってことですか?」

「まだ分からない」

「えー、怖い。生きてるのかな」

「静かに」

 飛び交う憶測や不安を制して続ける。

「どんな些細なことでもいい。何か知っていることがあれば迷わず先生に教えてくれ」

 再びざわめきが波紋のように広がり大きくなる中、俺は心配になって十和を見やった。

「…………」

 しかし、予想に反して意外にも平然としている。
 頬杖をついたまま退屈そうに宙を眺めていた。

(十和……?)



 日が落ちた頃、警察や日下の両親とともに学校周辺の捜索に当たる。
 退勤時間は過ぎているが、教員も駆り出されていた。

 当然だ。
 安否も行方も分からない生徒を放ってはおけない。

 しかし、数日経っても成果はまるで上がらず、時間と体力だけが削られていく。

 十和とまともに話すタイミングもないまま、無情にも1週間近くが経ってしまった。



     ◇



 朝、職員用の駐車場に車を停めたとき、かたん、と微かな物音がした。

 後部座席の方からだろうか。
 (いぶか)しく思いながら車を降り、ドアを開ける。

「これは……」

 足元に苺ミルクのペットボトルが転がっていた。
 中身はまだ8割以上残っている。

 甘いものが苦手な俺が飲むはずもなく、そもそもこんなものを買った記憶もない。

 自然と、日下を最後に見かけた放課後のことが思い出された。

 あの日、彼女は十和と一緒にいた。
 ふたりでこの苺ミルクを飲みながら。

(……どういうことだ?)

 それが、なぜこんなところにあるのだろう。

 十和のものだろうか。
 あいつがまた勝手に車を使って置き忘れたのかもしれない。

(後部座席の足元に?)

 わざわざそんなところに置くだろうか。

 不自然と言わざるを得ず、妙な胸騒ぎを覚える。

 帰ったら処分するとして、ひとまずペットボトルをドリンクホルダーに入れておいた。



 放課後、久しぶりに手が空いた。

 職員室へ寄ってから教室に戻ると、十和が友人に手を振りつつ扉から出ていくところだった。

「朝倉」

 すかさず引き止める。
 ようやく話ができそうだ。

「あ、なーに? 先生」

 振り向いた十和は緩やかに微笑み、首を傾げている。