驚いてしまった。

 最初、彼には罪の意識や後悔なんて欠片(かけら)もないように見えた。
 誘拐や監禁という行動自体にも、わたしを苦しめることにも。

(違ったんだ)

 十和くんもずっと苦しんでいた。
 良心の呵責(かしゃく)葛藤(かっとう)に。

『この時間がずっと続けばいいのに』

 それが叶わぬ願いであることも、とっくに知っていたんだ。

「……そんなことない」

 わたしは彼を見上げる。

「現実なんだから、わたしたち次第でしょ?」

 十和くんの瞳が揺れた。

「夢なんかで終わらせたくない」

 眠りから覚めたらすべて泡みたいに消えてしまう。

 だったら、もう一生目を覚ましたくない。覚めなくていい。

「……俺、ひどいことしたんだよ? たくさん芽依を傷つけて」

「うん」

「許して、くれるの?」

 彷徨(さまよ)うように不確かな眼差しを、正面から受け止めた。
 わたしは小さく笑ってみせる。

「責任……とってくれるなら」

 一拍、彼が止まった。
 その意味を考えて、理解して、驚いたように目を見張る。

「責任って……え? え、まさか────」

 いつもは自信と余裕に満ちているくせに、わたしの言葉ひとつでこんなに戸惑うなんて。

 何だか立場が逆転したみたいだ。
 ほんのり染まった彼の頬を見ながら、さらに笑ってしまう。

「そばにいて。これからもずっと」

 わたしは十和くんに抱きついた。
 空いた方の手をその背中に回す。

「ふたりで暮らそう」

 触れた部分から温もりが溶けて混ざり合う。
 鼓動はずっと速いまま。でも、それが心地いい。

 前にそう言ったときは────。

『だから、わたしと一緒に暮らそう……。十和、くん』

 あのときは必死だった。

 彼が怖くて。痛いのが嫌で。

 まさか、心の底から思える日が来るなんて想像もしなかった。
 十和くんと一緒にいたい、だなんて。

「芽依……」

 わずかに(かす)れた彼の声がすぐそばで聞こえる。
 ぎゅう、と抱き締め返してくれた。

「好きだよ。ずっと」

「……うん、知ってるよ」

 わたしはまた、小さく笑う。

 彼の腕の力は強くて、もうそこに遠慮なんてなくなっていた。
 “離したくない”という気持ちが全面に滲み出ている。

 それでもややあってわたしから離れた十和くんは、不安そうな表情を向けてきた。

「芽依は?」

「えっ」

「俺のこと好き?」

 どき、と心臓が跳ねる。
 核心(かくしん)に迫るような質問だ。

 本気で分からずに聞いているのか、単に確かめたいだけなのか、いずれにしてもはっきり答えるまで引き下がるつもりはなさそうだ。

「わたし、は────」