「ていうか、意外。悪いことしてる自覚あったんだ」
「え……?」
「兄貴につきまとってたこと」
わたしは唇を噛み締めた。
「あるよ……。だって、そのせいでいままでずっと────」
失敗してきた。
恋がうまくいかなかったのは、自分の行きすぎた愛情のせいだという自覚はあった。
愛される自信がなかったから。
嫌われるのが怖かったから。
ひとりにされるのが不安だったから。
だから、いつでもわたしだけを見ていて欲しかった。
わたしと同じだけの愛を返して欲しかった。
だけど、そんなわたしの気持ちや行動はいつも疎まれてしまう。
(でも、十和くんだけはちがうと思ってたのに……)
いつか“このこと”を打ち明けられるようなときが来たら、そのときは。
彼だけは愛を以てすべてを受け入れてくれるんじゃないかと、淡く期待していた。
ぽろ、とこぼれた涙が落ちていく。
とめどなくあふれ出す。
「泣かないでよ。……めんどくさい」
「……っ、止まらないんだもん」
肩を震わせながら、わたしは泣き続けた。
彼がいつもみたいに抱き締めてくれることも涙を拭ってくれることもなかったけれど、刃が届くこともまたなかった。
「好きなの……」
────もう戻ることも進むこともできないのに。
「うん」
「ぜんぶ分かってるのに、どうしようもないくらい好き」
「……知ってる」
自分でそう仕向けて、まんまと思惑通りの結果を得られた彼はさぞかし満足だろう。
けれど、思いのほかその声に愉悦の色は乗っていなかった。
「……でもさ、もっかい言うけどぜんぶ嘘だから。兄貴が迷惑してたから、邪魔なきみを消そうと思っただけ。兄貴はストーカーがきみだって気づいてなかったけど」
「わたしは嬉しかったよ……。偽物だったかもしれないけど、初めて愛が返ってきた」
そう告げると、彼は一度口をつぐんだ。
ややあって立ち上がり、散らばった封筒をぐしゃりと踏みつける。
「────“愛”って、無償で注ぐものなんだよ。気づいたらあふれてんの」
見上げたその眼差しは、包丁の切っ先よりも鋭い。
「見返りを求めた瞬間、それは愛じゃなくなる。ただの独りよがりな束縛」
冷水を浴びせられた気分だった。
瞬いた隙に、彼が目の前に現れる。
「十和、く……」
「ありがとね、芽依。俺も結構楽しかったよ」
振り上げられた包丁の先端が軌道を描く。
目で追いきれないうちに、胸のあたりに激痛が走った。
「……っ!」
逃げなきゃ、ととっさに思ったものの、既に身体が言うことを聞かなくなっていた。
力が抜けて動けないわたしに、十和くんが馬乗りになる。
(そっか……)
わたしの彼への気持ちは、愛じゃなかったんだ。
結局、どれも自己満足でしかなかったのかな。



