シルディアは自分は大丈夫だと意味を込め、更にじっと見つめた。
しかし、意味が伝わっていないのか頬を撫でられるだけだった。
がっくしと肩を落としたシルディアは、騎士へと目を向けた。
「わたしに構わなくて大丈夫よ。報告をしてちょうだい」
今まで口を開かなかったシルディアが喋ったことに驚いたのか騎士は目を見開いた。
オデルの視線が些か痛いが、伝わらなかったのだから仕方がない。
「シルディア」
「だって、オデルがわたしをのけ者にしようとするから……」
途端に名前を呼び捨てにしたとざわめく会場。
くだらないことで注目を浴びるのだとシルディアはげんなりしたが、オデルの声に我に返った。
「俺は心の狭い男だから、シルディアが俺でない男と会話をするのが耐えられない」
シルディアを捉える赤い瞳の奥に、とぐろを巻くような感情が見え隠れする。
直感的に逃げなければと感じたシルディアが、半歩後ずさった。
「なぜ逃げる?」
「……オデルが嫉妬心丸出しにしてるからでしょう」
たった半歩下がっただけで気が付くオデルに、シルディアは呆れてしまう。
突然始まった喧嘩に挟まれてしまった騎士がおろおろと両者に視線を行き来させる。
そして意を決したように騎士は叫んだ。
「お、恐れながら、自分は女であります!!」
「は?」
「……やっぱり」
目を丸くするオデルと納得するシルディア。
思い思いの反応を返した二人に、女騎士はフルフェイスのヘルメットを脱いだ。
甲冑の下から現れたのは、中性的な顔立ちの女性だ。
深海のような色をした瞳と、同じ色の髪が印象的で美しい。
髪は後ろで一纏めにされており、動きやすさが重視されているのだと一目で理解できた。
「……見ない顔だな」
「はっ! 辺境伯より騎士団へ推薦を受け、本日付けで配属となりました。ヒルス・ソユーズと申します!」
ヒルスは今日から騎士として働くと気合いを入れ過ぎたのか、はたまたわざと甲冑で来るようにと伝えられたのか。
真相は闇の中だが、彼女に刺さる冷ややかな視線が後者だと告げている。
「なるほど。辺境伯か。養子でも取ったのか、それとも隠し子か……。まぁいい。それで、報告は?」
「お耳に失礼しても?」
「タイル一枚分までだ」
「かしこまりました」
一瞬、シルディアに目を向けたオデルはタイル一つ分、つまり一人分の距離まで近づくことを許可した。
(耳打ちを許可した方が内緒話には最適なのに……。わたしを気遣って? オデルは律儀ね)