(飛び降りるまで記憶がなかったのはわたしの記憶力の問題じゃない……?)

 一度見れば一生忘れられない親子を見ているのだ。六歳の頃だといえど記憶がない方がおかしい。
 確認しなければと、シルディアは「恐れながら」と口を開いた。

「上皇陛下はアルムヘイヤへお越しになられたことはないのですか?」
「ん? ないよ? オデルは反対を振り切って何度か訪問しているけどね。本来、アルムヘイヤは仮想敵国だから。僕が赴く必要はない」
「……そうですよね」

 さらりと嘘をつかれ、シルディアは内心なんとも言えない顔になった。

(なかったことになっているのね。なぜ? なんのために? わたしの記憶だけでなく当時の参加者すべての記憶を抹消したってことになるのだけど、そんなことが出来る力なんてこの世にあるの?)

 妖精の住まうアルムヘイヤ王国と竜の住まうガルズアース皇国は同等の力を持っている。
 両国が他国から脅威だと恐れられる理由は、妖精や竜がいること。

(妖精は見たことがあるけど、竜はまだ見たことがないわね。竜の住まう国なんて言われているから、てっきり竜が飛び回っているものかと思っていたけれど……。って今はどうやって記憶を抹消したかよ)

 横道に逸れそうになった思考を元に戻す。

(いえ。着眼点は悪くないはず。他国では考えれないことが起こっているのよ。他国にはないものを見つければ……)

 そこまで考え、はたと気が付く。
 他国から脅威と言わしめるのは何も妖精や竜の存在だけではない。
 アルムヘイヤは妖法を。そして、ガルズアースは――

(魔法っ! 記憶に干渉するなんて、妖法でも出来るかどうか分からない。いえ、妖精姫のフロージェならもしかしたら……)

 考え込むシルディアを気遣ってか、オデルが「そろそろ」と切り出した。
 彼の言葉に上皇陛下も心得ていると頷く。

「長話はまた今度だね。君達に挨拶したい人達がたくさんいるみたいだから、行っておいで」

 そう送り出されてしまい、シルディアは浮かんだ考えを消化する間もなく、好奇の目に晒されることとなった。