「そうねぇ。でもそれ以来、見向きもしなかった父がフロージェの影武者として尽くせと手のひらを返してきたの」
「それはまた……」
「フロージェを溺愛する父は、わたしが憎くて仕方なかったでしょうね。禁忌の元凶がいるためにフロージェが傷ついたと」
「信仰の根は、聞き及んでいた以上に深いのですね」
「そうかもね。フロージェを守るためにはわたしが必要だった。皮肉なものでしょう?」
「確かに」
「だからね、ことあるごとに入れ替わって過ごしていたの。それ以来わたしに自由は与えられなかった」
「……踏み込んだことを聞いてしまい申し訳ありません」
「構わないわ。オデルに可能なら探れって命令されたんでしょ?」
「おっしゃる通りです」
「まったく。聞いてくれればちゃんと答えたのに」
「聞きたくても聞けなかったのだと思いますよ」
「? どういうこと?」

 シルディアの問いに、ヴィーニャはにんまりと笑った。

「シルディア様を傷付けるかもしれないと危惧していらっしゃいましたから」
「むしろご丁寧に絵本まで用意して、思い出話を引き出そうとするぐらいなのに、そこ気にするのね!?」
「用意周到ではありますね」
「でしょう? 本当、自分で聞けばいいのに」
「その可愛らしい顔は皇王陛下の前でなさってください。それと、皇王陛下は存外臆病であらせられます」

 不貞腐れるシルディアを宥めるようにヴィーニャは眉を下げた。
 だがその言葉には庇おうとする心よりも、呆れの感情が大きくしめている。

「それ、フォローになってないと思うわ。一歩間違えれば不敬よ」
「大丈夫ですよ。皇王陛下は心が広いお方ですから。それに私は優秀な侍女ですので。代わりはおりません」
「ふふっ。確かにヴィーニャよりも使える侍女はいないでしょうね」
「シルディア様にもそう思っていただけるとは恐悦至極です」

 わざとらしく礼をしたヴィーニャに、シルディアは絵本を直しながら首を傾げる。

「それでどこが臆病なの?」
「……シルディア様。耳元失礼いたします」
「えぇ」