神話の時代。
 それは、国ができる前の話だ。
 シルディアは自国の神話の知識しかないが、壮大で、人智の及ばぬものだと理解はしている。
 
「でも、つがいを得れば魔力が安定し、痛みがなくなるようになっている」
「それならオデルはもう痛みがないはずじゃない」

 オデルはシルディアを自身のつがいだと言った。
 それが本当ならば、彼は痛みから開放されているはずだ。

(やっぱりわたしはつがいでは……)
「大丈夫。シルディアは俺のつがいだよ」
「じゃあなんで今も寝れないの? わたしがつがいなら……オデルは今も苦しんでいないわ。どうして?」
「……」

 黙り込んだオデルに再度問いかける。

「ねぇ、どうして……?」
「――シルディアにつがいとしての自覚がないから」
「自覚?」
「そう。つがいとしての自覚が芽生えれば、背中に証が浮かび上がる。でも、シルディアにはそれがない」
「そんな……」
「つがいを見つけるだけじゃ駄目なんだ。つがいにも俺を好きになってもらわないといけない。それが試練」
「っ、」
「そんな悲しい顔しないで。慣れっこだからさ。俺は平気だよ」
「でも……わたしの、せいで……」

 声が震える。
 自分のせいで誰かが傷付く恐怖。
 カタカタと震えだすシルディアの顔色は真っ青だ。
 オデルはシルディアを安心させるように抱き締める。

「シルディアに負担をかけたくないから黙ってたのに」
「ごめん」
「謝らないで。悪いのはシルディアじゃない。こんな試練を残した神々だよ」
「でもオデルが辛いのに変わりはないでしょ?」
「まぁそうだね。でも、愛する君のためなら俺は何年でも何十年でも待ってみせるよ」
「どうしてそこまで……」
「シルディアは俺の光だから」
「光?」

 オデルの腕に力が籠る。

「俺にはシルディアしかいない。シルディア以外考えられない」
「わたし以外にも素敵な女性はたくさんいるわ」
「シルディアじゃないと駄目だ。つがいだからじゃない。俺が、シルディアを選んだんだ」
「……」
「もし俺から逃げるなら、絶対に見つからないようにしてほしい。見つけてしまったら、俺は、シルディアの足を切り落としてでも手元に置いておく。泣いても、縋っても、逃がしてはやれない」

 オデルの執着は竜族特有のものなのか、彼自身の特性なのか、定かではない。
 ただ一つ分かるのは、オデルはいい人だということだ。

「本当にそう思っているなら、最初から足を切り落としてしまえばいいのに」
「シルディアの綺麗な足を切り落としたくない。確かにシルディアには赤が似合うけど……」
「初日に噛んで流血させた人と同じだとは思えないわね」
「それは……つい、感極まって……」
「いつもは意識してそういうことをしなようにしているのね?」
「そういうこと。でも無防備に寝ているシルディアを見てしまったら、きっと鎖を繋ぎたくなってしまう」
「鎖……?」

 声が引き攣ったのは仕方のないことだろう。
 理解が到底及ばない物の名前が飛び出したのだから。