そして誠一郎の受験の
合格発表の日、
母はベージュの美しい
ワンピースを着て
誠一郎と合格発表を見に行った。

誠一郎は、やはりその日も
お腹が痛かった。

「誠一郎、お母さん楽しみだわ」

母の笑顔とは対照的に
誠一郎の顔は暗かった。

自分が受かっていないことなんて
誠一郎は誰よりも分かっていた。

そして受験会場の合格発表の
掲示板を、母に手に引かれ見に行くと
母親の顔が青ざめた。

「誠一郎、受験番号は
46番じゃなかったの?」

「…うん」

41、42、44、47、
48、49…

百合子は、何度見ても
合格者が貼り出された
掲示板に息子の受験番号の
46番を見つけることは
できなかった。

母親は、この世の
終わりのような顔をした。

誠一郎は、それどころでなく
本当にお腹が痛くなってきたが
絶望した母の顔を見て

「…お母さん、ごめんなさい…」

とつぶやいた。

母親はここで、誠一郎と並んで
お気に入りのベージュの
ワンピースで合格記念の
写真でも撮ろうと
していたのだろうが

合格発表者が羅列されている
掲示板など「一瞬も見たくない」
という態度で、コツコツと
ハイヒールの音を大きく立て
駅へ歩き出した。

誠一郎は、
急いで母の後を追った。

「お母さん、ごめんなさい…」

誠一郎がそう言うと百合子は
立ち止まった。

「お母さん、正直がっかりだわ
誠一郎は受かると塾の先生も
おっしゃっていたわ。
お腹が痛いだなんて
そんな嘘ついて…!」

「嘘じゃないよ!
本当に痛いんだって!」

誠一郎は泣きそうになりながら
母親に必死に腹痛を訴えた。
本当に 限界だー

「お母さん、もう歩けない…」

それでも母親はコツコツと
ハイヒールの音を鳴らしながら
駅に向かった。

誠一郎は何とか早歩きの
母親に追いつこうとした。

「ねぇ、お母さん、
本当にごめんなさい」

そう言うと
百合子は立ち止まった。

「こんな結果になるなんて…
父さんに、なんて言えばいいの…
お父さんは、さぞ、
がっかりするわ…」

母親はひたいに手を当てた。

「なんてお父さんに伝えましょう…」
 
母親は、さっきから
そのことばかりだが
誠一郎は、いよいよ
腹痛が限界になってきた。

「お母さん、あのね
本当にお腹が痛いんだ…」

そう言って
百合子の手を握った瞬間、
百合子はパシッと誠一郎の手を
払いのけた。

「甘えるんじゃありません!
あぁ、こんなこと、
お父さんになんて言いましょう…」

誠一郎は、
払いのけられた手を引っ込めて
それをお腹に当てた。

誠一郎は、
悲しみと、虚しさと
自分が母から
愛されていない実感を
この日、嫌というほど感じた。

こんなにお腹が痛いと言ってるのに
こんなに頑張って受験したのに
もう歩けないのに…

受験で合格すれば
きっと母親は喜んで
くれただろう。

そしたらこのお腹の痛みも
治ったのかもしれない。

「ごめんなさい、お母さん…」

そう言って誠一郎は
お腹の痛みに耐えながら
コツコツとハイヒールで
早歩きをする母親の後を
必死に追いかけた。

この時、誠一郎は
母親に愛されていないと
幼いながらも
ハッキリ自覚した。