そんなある日、 母親が

「理緒、アンタずいぶん
忙しくしてるじゃない?」

と机に向かって法哲学の
予習をしている理緒に
話しかけてきた。

「仕方ないじゃない
大学の学費を払わなきゃ
いけないのだから」

理緒は真理子の顔も見ず答えた。

「あのね、コールセンターで
時給1500円の仕事なんかしてないで
もっといい仕事をしなさい」

「コールセンターは深夜だから
十分、時給が高いわ
1500円だもの」

「来週の土曜日、ここに
お母さんと一緒に来なさい」

「え?」

真理子からシティホテルの 
名前が書かれた
紙を渡された。

「取引先のお医者さんでね
とってもよくしてくれてるの
理緒のアルバイトの相談にも
乗ってくれるそうよ
お母さんも一緒に行くから」

「………」

理緒は嫌な予感がした。
でも母が一緒であれば
何も問題は起こらないと思った。


当日、 母は、特にオシャレな服と
厚化粧をしていた。

母と一緒に電車に乗り
指定されたシティホテルに行くと
そこのロビーに、
中年太りの医者がいた。

「やぁ、やぁ、真理子さん
久しぶりだね!こちらが
お嬢さんかい?」

「娘の理緒です」

真理子は愛想良く笑った。

「思った通り美人だね」

「まぁ、先生ったら、
いつも、お口が上手ね」

「いやいや、
本音で言っているんだよ!」

その医者は理緒を
なめ回すように見た。

「理緒ちゃん、ちょっと
お話ししないかい?」

そう中年太りの医者は言った。

「私の名前は沢村だ、
お母さんとは、保険で、
ずいぶん長い付き合いを
させていただいているよ。

この度、家を売ったり
引っ越しなど大変だったそうだね」

真理子がすかさず、

「そうなのよ、理緒、
あのアパートの敷金と礼金と
引っ越し代はね、
こちらの先生が
用意してくれたのよ」

「え?」

「いやいや、それくらい
させてもらって、当然じゃないか」

この沢村という医者は
おじいさんの代から
開業医で外科をやっているという。

3人でコーヒーを飲んで
しばらく、真理子と沢村が
世間話をしていたが

「じゃあ、私はそろそろ行くわね」

と母が席を立った。
理緒も、席を立とうとすると

「理緒ちゃんは、ちょっと
お話をしようと」

と、ニコニコしながら
沢村に引き止められた。

真理子にも「そうしなさい」と
笑顔で言われ、理緒は固まった。