理緒は指定された日
地図を見ながら
バイオリン教室へ向かった。

朝倉先生から
バイオリンを受け取り
その重みを感じながら
バイオリン教室の門を叩いた。

そこには初老の男性がいた。

「あぁ、待ってましたよ
加納理緒さんですか?」

と初老の弾性は笑顔で
こちらを向いた。

「初めまして、
この度は川村先生の
ご紹介で参りました
加納理緒です、
よろしくお願いいたします」

理緒も頭を下げた。

「バイオリン教師で
Sオーケストラの指揮者の
桜田祐司(さくらだゆうじ)です
ようこそ、今日は気楽にやりましょう」

桜田先生には、とても
優しそうに見えた。

「まず、バイオリンを
ケースから出汁ましょう
そして、弓ですが、これは
馬の尻尾の毛で出来てます
こうやって、下のつまみで
弓を張ります、張りすぎても
緩すぎてもダメです、
そうそう、これくらい、
このままですと音が出ませんので
ケースに入ってるねヤニを塗ります」

バイオリンの「バ」の字も知らない
理緒は、とりあえず
言われるままに、
弓をさわったり
ヤニをさわったりした。

「バイオリンは、この様に持ちます
明日は腕が筋肉痛になりますが
そのうち、慣れます
左足とバイオリンの先が
同じ方向を向くのが基本です
左手で、こう持って
右手が弦です、弦の持ち方は
グーではなく、親指と人差指を
こう、丸くして、
小指を下にくぐらせます」

「不思議な待ち方ですね…」

理緒は慣れない
バイオリンと弓を持ち
戸惑っていた。

「 最初はみんな
その持ち方を不思議がりますよ
でも、ひいているうちに
これが当たり前になってきますよ」

桜田先生は微笑んだ。

理緒は3分もバイオリンを持てなかった。

「いっかい、下ろしましょう
腕がだるいでしょ?」

桜田先生は笑った。
本当にこれだと
明日は左腕が筋肉痛になりそうだ。

「では、もう一度
持ってみましょう
さっきの持ち方ができますか?」

物覚えがいい理緒は
言われた通りバイオリンと
弓を構える。

なんとなく様になってきた。

「いいですね、もう少し
腕を内側に…
基本は左足とバイオリンの先が
同じ方向を向いていることです
そして肩を下げること
これはフィギュアスケートも
同じですね」

「はい」

「では音を出してみましょうか
音が高い方から
E線、A線、D線、G線と呼びます
素材はガットで羊腸です
では、真ん中の二本の弦を
ひいてみてください」

キーっ、と
耳障りな音が出た。

「すみません…」

「最初は誰もがこんなもんですよ」

そう言って、桜田先生が
真ん中の2本の線を
美しく奏でた。

理緒はその音を集中し聞いた。

そして理緒は、もう一度
2本の弦を引いた。

桜田先生の目つきが変わった。

「 もう一度、二本の弦を
ひいてくれませんか?」

「はい」

「もっと力を入れて
ひいてみてください
そして平行に…」

これは30分続けて
桜田先生は驚いた顔をした。

「あなた、バイオリンを
やったことがないのでは?」

「はい」

「二本の弦を平行に引くには
最低でも3ヶ月かかります
中には1年かかる人もいます
2本の弦を正しくひいている証拠は
隣の線が振動し、音に深みが
生まれることです、
あなたはすでに
隣の弦が振動してます…」

「さっき、先生がそのように
ひいてましたので…」

理緒がもじもじして答えた。

「さすが、川村先生が
ご紹介するだけある」

そう言って 桜田先生は
理緒にバイエルの教科書を渡した。
後ろには CD がついている。

「ひけなくてもいいです
次回は バイエルの
最初のページの
きらきら星からやってみましょう」

「私、ここに通ってもいいのですか?」

「もちろんですよ」

理緒の顔がパーッと明るくなった。

門前払いされたら
どうしようかと思っていたが
自分はどうやら 桜田先生に
認められたようだ。
川村先生の顔に泥を塗るような
真似はせず、
必死で頑張ろうと
理緒は思った。