ある日、理緒が夜中まで
勉強していると
また1週間ぶりに母が帰宅した。

玄関で何やら男性の声がする。

母は保険会の外交員をしている。
その取引先の男性と
最近、交際しているようだ。

どうせ、その男を
家に連れ込んだのだろう。

理緒は男女のゲラゲラした
下品な笑い声を無視して
勉強に集中していた。

翌朝、理緒が1階に降りると
母親が珍しく朝食を作り
男性がお味噌汁をすすっていた。

その男性が理緒を見るなり
ゲホゲホと、
お味噌汁を詰まらせた。

最初は、母の真理子に
「子供が居るなら言えよ!」
と、言いたげな顔つきだったが

「おはようございます
母がいつもお世話になっております」

と、笑顔で理緒が挨拶すると
男性もイスから立ち上がり

「お、おはようございます!
こちらこそ真理子さん…
いや、お母さんには
お世話になっております!
娘さんがいるとは聞いておらず
すみません…」

と男性は、やや焦りながら
挨拶したが、理緒の微笑みは
崩れることなく

「ゆっくり朝食を
召し上がってください」

と微笑んだ。

男性は、美しく、清楚で
上品で、つつがない
挨拶をする理緒と

厚化粧で派手で口が悪い母親の
真理子とのギャップに驚いた。
そして

「…あの、もしかして
修堂女子に通っているの…?」

男性は、理緒の
セーラー服を見て驚いた。
名門女子校なはずだー

「はい」

理緒は、にっこり微笑んだ。

「へえ、それはすごい!」

男性は感心してしてるようだ。

母の真理子は、そんな
理緒の態度に、あからさまに
不機嫌になった。

「あんたも食べる?」

と、ぶっきらぼうに
話しかけたが、理緒は

「いいえ、お二人のお邪魔を
するのは申し訳なく思います。
私は学食で済ませますので
どうぞお気遣いなく」

と、その笑顔を崩さず
丁寧に伝えた。
しかし男性の方はすっかり恐縮し

「いや、これは申し訳ないね…
実は私の会社で来週の日曜、
社員同士のバーベキューを
するのだけど、真理子、いや
お母さんも参加する予定なのだけど
…えっと、お名前は?」

「理緒と申します」

理緒は静かに会釈した。
その会釈には気品と華があった。

男性は、たじろぎながら

「理緒ちゃんね、理緒ちゃんも
バーベキューはどう?楽しいよ!」

そう男性が誘うと理緒は

「お誘い頂き、大変恐縮です。
その日は学校で、生け花の先生が
いらっしゃいまして…
せっかく誘って頂きましたのに
痛み入ります」

と微笑んで丁寧に辞退を申し出た。

男性は、理緒の言葉に
さらに焦った様子だった。

真理子と、言葉遣が
まるで違う。

それを見て真理子は
理緒の腕をつかまえ
玄関まで引っ張った。

「何なのよ、その態度?
私を、ナメてるの?」

「あら、お母さんが
教えてくれたのじゃない」

「えっ!?」

「男性には愛想よく
笑顔で挨拶していればいいのよ、と。
では行ってきますね」

理緒は黒くて美しい
サラサラした髪をなびかせ
颯爽と駅へ向かった。

真理子は、日に日に
美しく、賢くなっていく理緒に
苛立を感じていた。

そして、なぜか理緒に
全て負けた気持ちに
なっていた。